
あなたは、ある日コンタクトセンター改革を任される
センターの構造改革を支援する中で気づいたことがあります。現在のセンターは良くも悪くも、企業自身が持っている日本型組織のクローンであるということです。多くの企業は、事業の緩やかな停滞の中で長い間、事業領域が変わらないまま部分最適が進む組織体質に陥っています。特に既存業務のサポートが中心であるセンターは、事業部門の体質をそのまま受け継いでいます。
部門や部署の目先の問題解決が優先されるため、思考の幅と質が制約され、「慣性の力」に引きずられているのです。
ある日、あなたは経営からコンタクトセンターの立て直しを任されました。既存事業の収益が伸び悩む中で、これまで見過ごされてきたコンタクトセンターに焦点が当てられ、事業費としての運営コストを見直すミッションが与えられたのです。では、どこからコンタクトセンター改革に着手すればよいのでしょうか?このシリーズは、責任者となった経営層あるいはプロジェクトリーダーになったあなたに向けて、「初めてのコンタクトセンター構造改革」を手助けする解説書です。
どの企業も中期ビジョンに「お客さま体験価値と生産性の向上」をあげている

まず、企業のビジョンに目を向けます。ここ数年、多くの企業の中期経営計画の冒頭には、表現は異なるものの、お客さま体験価値(CX)と生産性の向上(DX)が掲げられています。特に既存事業で一定の成功を収めているエンタープライズ系の企業は、この2つのビジョンを重視しています。
この潮流は、昭和の時代からみれば、かなり進化したものかもしれません。しかし、具体的に何をすればこの2つが満たされるかを明確に定義している企業は少数です。はっきり言えば、経営層も具体的に何をすれば、あるいは何を変えればこの2つが同時に実現できるかを理解していないのです。
目にするのは概念的な言葉ばかりです。CXではカスタマーサクセス、エフォートレス、LTV、EX向上などの言葉が並び、生産性向上のキーワードはAIを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)です。CXを起点としたDXの実現という「ふわっとした課題」に取り組む必要があります。そして、その実践の現場として与えられたのがコンタクトセンターです。
ビジョンと実践をつなぐセンター
経営層の本音は「人件費の高騰だけでなく、センターでの人材確保も難しくなっている環境の中で、いかにコスト削減を実現するか?」という点にあります。ただし、「お客様満足度をできるだけ落とさずに」という条件付きです。実際のところ、生産性の向上によってセンター運営コストを下げることが期待されています。
今までコンタクトセンターは事業部門として経営課題の中心にあがることはありませんでしたが、その歴史は4つの段階を経ています。私はそれぞれを以下のように定義しています。
1.コンタクトセンター1.0⇒自給自足モデルの時代(1960年~70年代)
2.コンタクトセンター2.0⇒丸ごと依存モデルの時代(1980年~2010年代)
3.コンタクトセンター3.0⇒自立自走モデルの時代(2010年~現在)
4.コンタクトセンター4.0⇒人とAIの結合モデルの時代(2023年~未来)

CC1.0の時代は、企業とお客さまがコールセンターで対話を始めた時代です。お客さまとの親密なコミュニケーションという点では現在にも通ずる利点がありました。
CC2.0の時代は、企業の収益向上に伴い、コールセンターが独自の発展し、処理を優先する時代でした。人的資源を最大活用し、業務の増加とともにセンターの規模が拡大。専門のコール業務を請け負うBPO事業も急成長しました。企業側から見ると、新たな製品やサービスの情報を伝達し、あとはセンターで「よろしくお願いします」というモデルでした。また、企業は新しい販路を求め、製品やサービスを次々にマーケットに送り出し、事業部門別や製品別にセンターが設けられました。
しかし、お客さまから見ると同じ企業でありながら、別々のセンターに問合せないと回答が得られないという事態が発生しました。企業側も一人ひとりのお客さま像が把握できないまま個別の問い合わせに対応していました。複数の業務に複数のセンター、当然、分割損が生じます。しかし、この時代にはまだ余力がありました。センターのコストは人時の低廉化に依存し、少しでも安いコストで働くオペレーターを求めて、日本中に拡大しました。
CC3.0の時代は、こうした企業視点のセンターの在り方を見直し、企業がセンター設計を主導する自立自走の試みです。CC2.0で各センターに断片化した機能を再統合し、「お客さま体験価値の向上」と「生産性の向上」を同時に実現することが目的です。経営層も対面でのお客さま接点や、ホームページなどのデジタル接点とともに、コンタクトセンターの接点価値をなんとなく意識し始めました。
しかし、現実としては多くの日本のコンタクトセンターがCC2.0に留まっています。企業は断片化したセンター機能の統合に苦心し、高い応対能力を持ったオペレーターへ依存しつつ、適正なコストを支払えていません。そんな状況の中、AIの登場は経営者にとっての朗報です。コスト削減の切り札としてロボットが登場することは、工業社会でみられた現状です。しかし、コミュニケーションの世界では簡単ではありません。
顧客がセルフツールで解決できなかった質問にAIがその意図を解釈し、正解を届けるにはまだ時間がかかります。AIは企業が長年にわたって蓄積してきた製品やサービス情報を参照しますが、そのデータ情報が整理されていなければ顧客に正解を届けることはできません。コンタクトセンター4.0の世界に行くにはCC3.0の地道な準備が必要なのです。
あなたが最初に着手するのは司令塔づくり
コンタクトセンター改革を進める第一歩は司令塔づくりです。コンタクトセンター2.0状態にあるセンターでは拠点やチームがサイロ化され、断片化が進む中で思考の幅と質が制約されています。一人ひとりは意欲があり正しい業務を行っているのですが、拠点ごとに運用が異なっていたり、独自の承認プロセスの存在や目標KPIの達成を優先するあまり組織が健全に機能しないのです。次々に降ってくる目先の問題解決を繰り返す中で徐々に疲弊し意欲のあるひとから離脱していくのです。こうした状況に対応し総合的に改革を推進するには企業内にコンタクトセンター改革の司令塔=ヘッドクオーター(HQ)が必要です。コンタクトセンターはある種の階層組織です。階層組織の利点は課題が明確であれば少ないリソースで集中的に解決ができることです。大切なのは経営の理解です。あなたは経営層からセンター改革のミッションを受けたとき、最初に提案することは「改革を推進するチームをつくりたい」ということです。
ヘッドクオーター(HQ)はなぜ必要か?

かつて、コールセンターの最重要課題は応答率の確保と応対品質の向上でした。しかし現在では、企業のビジネスモデルが多義性と複雑性の課題を抱えています。ナレッジを構成する業務マニュアルの網羅性や後続処理を円滑に行う仕組み、統合顧客データの管理、顧客応対に費やされる時間と人のモチベーション、そしてそれを支えるシステムといった要素を一元的にコントロールできて初めて、最重要な課題を解決できるのです。
このような課題解決には、リーダーを中心に少数のメンバーで構成されるヘッドクオーター(HQ)が必要です。経営者が本気でCXを起点とした顧客接点改革を推進したいのであれば、コンタクトセンター経験の有無に関わらず、HQに優れたリソースを投入することが重要です。
リーダーになる人(つまりあなた)が最も重要です。メンバー選出で大切なのは多様性です。センター経験者だけでなく、異なった視点を持ったメンバーを入れることで、改革に新たな気づきをもたらします。経営者はリーダーの要望に従い、選ばれたメンバーをプロジェクトに送り込むことが求められます。
さあHQができました。では何から手をつけましょう?