2月、手袋を捨てた
私のアパートには備え付けのロフトベッドがある。大学4年間しか住まないのだから揃える家具は最小限にしたいと思いベッドや電子レンジ、洗濯機や冷蔵庫が備え付けのこのアパートを選んだのである。
そんなことはどうでもいいのだが、このロフトの下に置いているよくある透明な衣装ケース。
その1番下段には使用頻度の低い雑貨を詰め込んでおり、あまり開かない引き出しなのだが、先日恋人とディズニーに行くことになり、レジャーシートを探してこれを奥まで引き出した時の話。
よく分からないトートバッグ、使い方が分からない充電器、実家から届いた大量の貼るカイロ、先代のスマホ。
みだりにあれこれ詰め込んでいたため中身がつっかえて大変な思いをしたのだが、無事に目当ての品は見つけられた。
ついでに断捨離でもしようかと中身を漁っていると、見覚えのある男物の手袋が出てきた。
私は微妙な気持ちになった。
もう2年も前になるが、大学入試の二次試験に向かう数日前のこと。
当時思いを寄せていた高校の同級生に君の手袋が欲しいとお願いしたのだ。呆れながらも恵んでくれたその手袋を持って東北の某県へ向かい、試験前日はあの人の匂いを嗅ぎながら手袋と添い寝をした。しかも母親の目の前である。
どう考えても気色が悪い。
しかし当時はその人のことがそれだけ好きだったのだろう。恋愛の根本は性欲なのだから、性欲に起因する行動なんて気色悪くて当然だと開き直っておこう。
その人とは大学で物理的な距離は離れたが、毎晩ビデオ通話をするくらい親しくなった。ビデオ通話の状態で一緒に自炊をし、一緒に晩御飯を楽しむ、加工機能でネズミやクマになって遊ぶ、旅行中のあの人からビデオ通話がかかって来て、彼のお友達と知り合いになるなど様々なイベントが発生した。一緒にインスタライブをすることも多く、高校時代の友人では我々が付き合っていると勘違いしている人は多かった。
1年の夏休みの帰省で想いを伝え、はっきりとした返事は貰えなかったものの、これからも仲良くしようということになった。
結論を述べるとすれば、あの人はメンヘラ製造機だった。慣れない生活での寂しさからあの人に依存してしまった私も悪い。しかし私の気持ちを知りながら、傍から見れば恋人同士のような振る舞いで期待をさせたにも関わらず。
幼なじみの女性をこれから家に泊める話を、わざわざクリスマスに、ビデオ通話をかけて来てまで報告して来るのは非人道的では無かろうか。
最近大切にされているのかなと感じていた矢先だったこともあり、ゴキブリメンタルと言われる私でも流石に病んだ。病んでメンタルが不安定になり死にたいと言い続けた末に音信不通というのが事の顛末だ。片道分の交通費だけを持って稚内か網走にでも凍死しに行こうとまで考えた。病院に行っていれば鬱なり適応障害なり何かしらの診断が下りたような気もする。
そんなことがありながらも2年の新学期、競技ダンスという生き甲斐を見つけ、今の恋人に一目惚れし後に付き合うというシンデレラストーリーを歩んだ私は、人生意外と何とかなるなあと思えるようになった。
私は手袋をゴミ箱にぶち込んだ。思い出のひとつのようでそのままに...しておくのはもう気色が悪い。昨晩のレトルトカレーパックの残り汁に汚れた手袋を見て、恋愛なんてこんなものか、と思った。
しかし、今の恋愛もいつかこんな風にゴミと捨てられる日が来るのかも知れない。同時に怖くもなったのだ。
今の恋人は信頼できる。不安にさせられることもなく毎日のビデオ通話も必要無い。すごく大切にしてくれて、私の笑顔が素敵だと言ってくれる。
そんな恋人が愛おしい。
地獄の底まで落ちた人間には帳尻を合わせられる程の幸福が待っていないと採算が取れない。
これまで支えてくれた人達のように目の前にいる恋人を大切にしていれば大丈夫だと、そう思うことにした。
ミニー柄のレジャーシートと2人分の貼るカイロをダッフィーの耳付きリュックに詰め、夢の国行きの準備を急いだ。