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貼り紙の呪いにかかった話


Sumi amane様がイラスト化して下さいました



近所だからと、クロックスもどきのサンダルで出かけた。
丁度雨上がりで道路はいい感じに濡れていた。
とあるスーパーに入ろうとすると、『足元が非常に滑りやすくなっています。ご注意下さい』との貼り紙が。

『ハハッ、まさかそんな、ね⋯』

次の瞬間、私の足は床を華麗に蹴り、前後に180度開き、あと20歳若ければオリンピックに出られるであろう体操選手ばりの開脚を披露した。

とっさの出来事で羞恥心よりも、この体制からどうやって立ち上がろうかと初老の体操選手は考えていた。

周囲の人も『気の毒に⋯』的なオーラは送ってくれるが、誰も関わろうとはしない。
それは至極当然である。
背中のリュックには推しの缶バッチを痛いほど付け、足を180度に開脚した体操選手の救助など御免こうむるであろう。

すると先程から目の前を歩いていた少しヤンチャ系のお兄さんが、『大丈夫ッスかー?』
と、手を差し伸べてくれたのである。
なんと、なんと有難い⋯地獄に仏とは正にこの事である。
オズオズとその手を掴み、立ち上がろうとすると⋯

『うわっ!!』

そのお兄さんも華麗に宙を舞い、そして床になだれ込んだ。そう、私は自分の体重も考えずに思い切りその手を引っ張ったのである。
お兄さんは気持ちいい位に痩せていたので、床に根をはった体操選手に吸引されればどうなるかは明らかである。

『あ~⋯何か、逆にすいません、大丈夫ですか?』

私はお尻が濡れたお兄さんにハンカチを渡そうとしたら、よりによって使用済みでしっとり濡れていた物を渡してしまった。
苦笑いしながらも、濡れたお尻を濡れたハンカチでふいてくれたお兄さん。恋に堕ちる瞬間。
自分が独身だったら、このお兄さんが嫌だと言ってもしつこく逆プロポーズしたであろう。

とんだ二次災害になってしまったが、お兄さんは爽やかに去っていった。
そして今後目にする張り紙に書いてある事には、必ず意味があるのだから従わねば⋯そう誓った雨上がりの1日であった。

そしてまだこんなにも身体が柔らかかった事に対する驚き、人間幾つになっても挑戦してみるもんである。
その事を考えながら1人で悦に入りながら帰路に着いたのである。
巻き込み事故を起こした加害者という立場も忘れて⋯⋯。


〔追記〕
後日そのスーパーを訪れると、入口には辺り一面にこれでもかと足ふきマットが敷き詰められていた。

晴れているのに、貼り紙はあの日のままである。
人を小馬鹿にする様にヒラヒラたなびくその貼り紙を見る度に、キュンと痛むのは胸ではなく大腿骨であるのは言うまでもない⋯。

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