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音楽と記憶

今日は近所のコメダ珈琲に来ている。
たっぷりサイズのアイスコーヒーを注文し、独りぼっちなのにテーブル席を占拠させていただいた。
軽く本を読み、勢いをつけてから作業に移ろうと思い、イヤホンを着け、お気に入りの曲を再生した。
とても、懐かしい感覚に包まれ、しばらく無心になってしまった。

この曲は、もうかれこれ5年程前から気に入って聴いている曲である。歌のない、フリーのBGM。YouTubeで見つけたものだ。
当時、大学院の入試に向け、資金等の理由により浪人生活を送っていた私はアルバイトをそこそこに独学ではあるが勉学に励んでいた。YouTubeで気分に合った曲を見つけ、活字に浸っていく。そんなことを続けていた。
…勉学に励むと言っても、私という不真面目な人間は、小説ばかり読んでいた気もする。

あの時見つけた曲を聴き、当時の記憶が巡った。
豊かで、自由気ままにまっすぐに、徹底的に歪んでみたりといった感性が、じわりと感覚として蘇った。
なんと素晴らしい感覚なのだろう。あの頃の希望や絶望、熱意や怠惰は、どこに行ってしまったのだろう。私の感性は曇ってしまったのだろうか。なんとつまらない人間になってしまったのだろうか。

自分に正直過ぎると、どうも上手く生きて行けず、結局は感性にぼかしを付け、曖昧に生きて行くことになっていく。
私は、それをつまらない人生であるとはっきりと言う、それが悪いことであるとは思わない。感情の色が灰色に近付こうと、私が当時感じてきたことは消えないから。音楽がそれを時々思い出させてくれるから。

久し振りに当時の感覚を思い出せてよかった。
しばらくこれに浸りながら過ごして、またしばらくはお別れしよう。
また会おう、わたし。

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