1年前の今日は
今日は何もしなかった。
ふと去年の今ごろはなにをしてたんだろうと日記を見返すと、何もしなかったのは同じだが、どうやらこの世から消えたかったようだ。
よせばいいのに、やってしまう事が私にはたくさんある。深夜にグロ画像を見たり、元彼の名前を検索したり、お腹が空いていないのに唐揚げを食べたり。
去年のゴールデンウィーク、よせばいいのに私は高校時代の友人家で開催されたホームパーティーに行くことにした。よせばいいのに。
休職中で人との関わりが希薄になった私は、このまま一人で死ぬのかもしれないと思い、踏み止めてくれる存在が欲しかった。
放課後リプトンを飲んで古着屋に行き、カビ臭い部室で〇〇先輩がかっこいいとはしゃぎ、ポッポの山盛りポテトを食べながら課題に取り組んだ彼女たちなら、私に生きる希望をくれるかもしれないと思ったのだ。
それがだ。友人宅に着く前にもう帰りたくなったのだ。家までは駅から3人で車で乗り合わせていくことにしたのだが、集合した友達との近況報告で未婚なのは私1人だけ、かつ他の2人には今わたし妊娠してるんだよねとサラッと言われたのだ。
今から向かう友人宅には既に子持ち組が3人いて、子どもを連れてきている。独り身で参戦してるのはわたし1人だと会場に着く前にわかってしまったのだ。帰りたい。もう帰りたい。
人の家にお邪魔するのだから、と手土産に包装された焼き菓子を持っていた私を見て「あ〜私なんも持ってないからセブンでお菓子買うわ、てか手土産にそれ持ってくるの気合いすご!」と言い手土産にプライベートブランドのポテトチップを大量に買った彼女を見て、こんなガサツな子に幸せは降ってきて私にはなんにもないんだと邪悪な気持ちが湧いてきてしまった。帰りたい。もう帰りたい。
友人宅に着いて見た光景は、友人3人そして子ども5人。一緒に来た友人のお腹には2人の子ども。なんなら子どもの方が多いじゃねえか。
みんなが授乳とお産の話をして子どもが好き勝手に遊ぶ中、わたしはひたすらみんなにピザを切り分けていた。もう切れているのに切れないフリをして。帰りたい…もう帰ろう…と思った。
昔は6人で集まるだけで楽しかった。ただそれだけでどんな遊びよりも楽しかったのに。
でも今は6人だけで集まることはきっともうなくて、こうやってみんなは変わっているんだなと実感させられた。私だけ、進んでないんだ。
私を生きる方向に導いてくれるかもと思った淡い期待は打ち砕かれ、予定も何もないのに予定があるからとそそくさと帰った。
帰り道、地獄のようなこの出来事をTwitterに呟いた。心の中のやり切れない感情を殴り書きしたところ、5点フレンズからたくさんの慰めの言葉をもらったのだった。
昔からの友達よりも、大人になった今からでも友達ってできるのかもしれないな…と少しだけ勇気をもらえた気がした。
ふと手元を見ると焼き菓子を渡しそびれていた。わたしにとって、焼き菓子を食べながら日常のことを話をする楽しみは、みんなにとってはピザを子どもに食べさせて笑顔にすることなんだと気づいた途端、焼き菓子は急にいらないものになってしまった。
ガサツな子なんて思ってごめん。私のエゴで持ってきた焼き菓子なんていらないよね。間違えてたのは私だな。そう思いながら家に帰ってそっと机の上に箱を置いた。
あ〜消えたいなぁと布団に吸い込まれた。
次の日も、その次の日もなんにもする気力がなくて寝ていた。お腹が空いたので、もったいないし昨日の焼き菓子食べるか…と思い包装をぐっちゃぐちゃに破いた。
そのまま手づかみで食べようとしたが、いかんいかんと思い直し、お茶を入れて軽くトーストしてお皿に乗せた。そう、焼き菓子はカヌレ。その頃から5点ラジオを聴き始めた私は、戦いに挑む手土産として未知の食べ物カヌレを買ったのだった。
ボッサボサの髪で初めて食べたカヌレが美味しくて涙が出た。焼き菓子いらないなんて思ってごめん。カヌレ、お前こんなに美味しかったのかよ…ともはやこれは悔し涙である。
友人宅での地獄のようなエピソードをTwitterに呟き5点フレンズに慰めてもらったこと、初めて食べたカヌレに感動したこと。それが去年の今頃だったことを思い出した。
あれから1年。
高校時代の友人とは一切連絡を取っていない。
それでも後悔はしていない。
私はわたしの生きる道をいくんだ。
わいわい食べるピザよりも1人で食べるカヌレが似合う女だとしても。