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「無意識ー空の章ー」#2 看板

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枠だけの新しい看板と、でっかい建物を交互に見ながら自転車を漕いでいるうち、気が付いたらその看板が目の前に迫って、もう少しでぶつかるところだった。


「空くーん、なに衝突事故起こしてんのー」

やべ。大地だ。


「ぶつかってないんですけど」
「あれ、そうだった?」

ちょっと薄笑いを浮かべながら俺に絡み始めるのはいつものこと。もう慣れてる。何せ小学校からの付き合いなんで。

「気を付けてね。この町じゃ自転車と看板の事故でも大ニュースだから。
‘高3男子、新しい店舗の看板に衝突後、気絶‼’って、明日の新聞の地方版に載りそうじゃん」

「載るか。それより」
「あれ、話題変えちゃう」

「変えてはいない。その、俺は何の看板にぶつかりそうになったのかなーと思って」

「鉄製の」
「じゃなくて、あの場違いな建物は何になるかって話」

「さあ」

「新聞読んでる大地くんでも知らないんだ」


使えないな。新聞の地方版。


「もし何かの店だったら、求人広告が載るかもね。
空の衝突事故ニュースがあって、そのずっと下の方に小さく」

「だから、ぶつかってないって!」

「‘高3男子、地元の専門学校進学を目の前にして、県道沿いに建設中の新店舗の看板に衝突…‼軽く頭を打って気・・・’」

「気絶もしてないし!」

「あ、そうだよね。ちゃんと自転車漕いでるね」


くだらないやりとりをしている間に、学校に着いていた。
大地以外の友達にも聞いてみたけど、誰もあの建物の正体を知らなかった。


冬になって、寒々しい空の下そいつは着々と完成に向かっていた。

そうじゃなくたって寒いのに、何だかなぁ。このコンクリートむき出しの壁。
テレビでたまに見るけど、都会だとこんなのが流行ってるんでしょうか。お洒落ですね。でもこの町には似合わない。たぶん、このまま店開いたら(何の店か知らないけど)ウチの親なんか真顔で言いそうだもん。

「壁にペンキ塗るの忘れちゃったんだねぇ」って。


入り口横の南側は、一面ガラス張り。その向こうはガランとしていてる。
店の1/3ほどが二階までの吹き抜け。
真っ赤な手すりの螺旋階段だけが浮き上がって見えた。

ちょうどその頃、友達の大地君もめでたく俺と同じ「地元の専門学校」への進学が決まった。
地元と言っても電車で30分はかかるので

「高校の時より朝早く出なきゃなんないね。俺遅刻する自信モリモリ。今からくじけそうなんだけど~」


いつものように弱音を吐いてみたけど、すぐに返事が返って来ない。
結局また俺と同じ学校なのが、だいぶショックみたい。

「悪いけど、俺は空が電車に乗り遅れそうになっても、待たないで先行くから」

「そんな冷たいこと言って」

「これ以上、同じ展開はヤなの。高校受験の時も一緒になっちゃったし。今度は大学行って一人で新しい道へ…って思ってたのに」


目がマジだ。

俺の顔がその辺にウロチョロしている日常が無いだけで
大地にとっては「新しい道」になるのかな。
俺の存在感、結構すごいな。


「俺ら、よっぽど縁があるってことじゃないの」
「腐れ縁もここまで来るとね」
「腐れ縁も縁のうち、とか言うじゃない」
「言わない。とにかく俺は真面目に学校行って、ちゃんと就職するから、もう付いて来ないでね」

仮にも10年以上の付き合いになるのに、まるで野良犬を追っ払うような言い方。
何かを変えたいという大地の決心は、何故かよく分からないけど、固いらしい。

「それと空、バイト決めた?」

そうは言いつつ、やっぱり少し心配してくれてるんだ。

「まだ」
「俺はもう決めたから。絶対真似しないで」

今度はテレビで聞いたことのあるようなセリフ。
そんなにキケンなバイトなんですか?

「どこ?」
「あれだよ。前に空が気にしてたとこ。看板に衝突…しかかった」
「あー、大地君みたいに冷たーいコンクリートの壁が印象的な…」

吹き抜けの、派手っちい螺旋階段の。
いつの間にバイト募集してたんだろ。


「空さあ、先週の新聞見なかったの?求人広告欄」
「俺が新聞なんて開くと思う?」
「あの建物すごく気にして『新聞で見なかった?』とか言ってたのは空じゃない」

「そうだっけ」

その妙な記憶力の良さ。

「だから、空も応募したかと思ってビクビクしてたんだよ」

ビクビクしながら、俺が応募しそうなトコ応募するのも不思議だけど
当の俺が見事に気付かずにいるんだから、結果的に大地君の選択は正解。
ってことでいいんでしょ。

「あっそ。良かったね。順調ですね。大地君の人生は」

たかがバイト決まっただけじゃねーか。
俺も明日から新聞でも読もうかな。


新聞を読まなかったボクのために、大地君はその店のことを教えてくれた。

「キセキの…音楽館?」

ださ。

「キセキっていうのは…ほら、貴石(タカイシ)町の読み方を変えると、‘キセキ町’にもなるでしょ。そこからの発想みたいなんだけど。あの店を‘音楽発信基地’のようにしたいとか何とか…」

ハッシン、キチ…?

「そのさ、発信なんとかって言ってるけど、具体的には何の店?」
「えっとね、とりあえず二階のスペースをレンタルショップにするって。CDだけのね。」
「ふーん、CD・・・」

だけ?

「『ビデオもやりたいけど、スペースが足りなくてね』って、面接した店長らしき人が言ってた」
「一階空いてるでしょ」
「一階は、寒いから使わないって。」


・・・。


「その店長っぽい人、東京からこっちに来たんだって。コンビニ行こうとしたら車で30分かかった話とか、貴石駅で駅員にもう名前を覚えてもらったとか、すごく嬉しそうに語ってて。履歴書なんてほぼ見ないしさ。かるーい感じの人だったよ。こっちは話聞いてるだけで楽だったけど」

「へー」

「ただ、『専門学校に進学予定ね。電車で30分!あ、移動時間コンビニと変わんないな』なんて笑ってるぐらいでさ、『じゃあ、来月からよろしく』って」
「そんなにカンタンに決まるの」
「いや、そうでもない。俺よりやる気ありそうな人とか、音楽に詳しい人もいたみたいだけど、たぶん採用されてない」

都会からわざわざこんな町に来て、「キセキの音楽館」ねぇ。
バブル崩壊のせいなのか、そいつの頭崩壊なのか俺にはよくわかんないけど。

田舎町で、ほぼ道楽としか思えない目的で立派な店を構えて何かをハッシンしようとしてる。その経済的精神的余裕と根拠なさすぎる自信はどこから来るんだろう。

CDしかないレンタルショップに集まるような音楽好きの若者は、たぶんちょっとはいると思う。ちょっとはね。けど、そいつらの頼りなーいお小遣いだけで成り立つ店とも思えないし。
それこそ、バイトでもしないと…。

あ、そうだ。俺もバイト探さなくちゃ。


その店に、やがて正式に看板がかかった。

『FRIENDSHIP』

「友情に厚い大地くん」が働く場所とは到底思えない店名を
派手な電飾がチカチカと照らし出す。
夜になると周りがひっそりするから、なおさら目立つ。

少し離れた場所から見ると、看板を縁取る光と、店の中からこぼれる真っ白な光が町に、いや夜空にぽっかりと浮かんで見えた。

「宇宙ステーションみてぇ…」


その時は、暗闇に迷い込んで来た巨大な光に圧倒されて、ただ口を半開きにして見ているだけだった。そこで起きる出来事とは、まだ少し離れた場所にいた。


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