禍話リライト「成功した十円」
当時大学生だった彼は、ある時、親戚のおばさんから「家の模様替えを手伝ってほしい」と頼まれたのだそうだ。
おばさんは早くに夫を亡くし、一人暮らしをしている。家は二階建てだし、おばさんというからにはそれなりの年齢だしということで、彼も快諾した。
そもそも、そんな頼みを持ちかけ、快諾する程度には彼とおばさんは仲がいい。それで、作業も終始和やかな雰囲気で進んだ。手伝いに来てくれた友人と一緒にありがたくお昼をごちそうになり、ついでだから掃除もやっちゃいますよ、とあちこちを綺麗にして回った。
その最中に、
「そうだ、ちょうどゴミ出しのついでってことで、押入れの整理とかもしちゃいますか? いらないもの捨てちゃいましょうよ」
「そうね、断捨離断捨離」
という話になった。それで押入れをごそごそしていた時、奥から段ボール箱が出てきたのだという。中身を確認してみたが、取り立てて使い道があるようなものには見えない。
「これ……別に思い出の品とかじゃなければ捨てちゃっていいですか?」
おばさんに尋ねる。
「そうねえ……もういいわね」
おばさんはそういう言い方をした。
と、彼は、そのダンボールの中にそれなりに大きなものがあることに気付いた──蓋つきのガラス瓶だ。その蓋に何か書いてある。
□□□□十円
と読めた。取り出してみると確かに、梅酒でも作るのに使うような大きさの瓶の中ほどまで十円玉が入っているようだ。取り出してよくよく見てみると、
成功した十円
だと読める……成功? 何に?
「何か変なの出てきましたけど……これ何ですか? 十円貯金でもしてたんですか?」
そうおばさんに聞いてみた。
「あらぁ、これ、若い時に死んだお兄さんの字よ……! 病弱なひとでねえ……懐かしいわぁ……そっかぁ、押入れの奥のほうは全く見ないから気が付かなかったけど、こんなとこにあったのねえ……」
おばさんはしみじみとそう言った。そんな事情があるなら軽々しく処分するわけにもいかない。
「そりゃ使いにくいですねぇ、何か成功してるらしいし」
そんなふうにしておばさんと笑いあった。
何だかんだと作業をしているうちに、ふと気がつくとそれなりの時間になってしまっていた。出前とか取るから食べていきなさいよ、という言葉に甘えて、友人と寿司やらなにやらをご馳走になった。元々気楽な大学生の身ではあるし、翌日は授業もないからさらに気楽だ。もう泊まっちゃうか、という話が出ると、おばさんも、
「たまに若い人がたくさんいると、こっちまで楽しくなっちゃうわね」
と歓迎してくれた。
そんなほがらかな時間の中で、ふと、あの十円の入った瓶のことを思い出した。
「しかし何なんですかね、成功するのしないのって」
そう聞くとはなしに聞いてみる。
「ああ、お兄ちゃん……って私みたいな年の人間がお兄ちゃんもないんだけど、何だか、こっくりさん……みたいなのにハマっててね」
……こっくりさん。
「あれ、たぶん一人でするものでもないと思うんだけど、病弱で外にもあまり出られない人だったから……家でやってたと思うのよね。部屋にこっくりさんの本とかあって、中に線が引いてあったり付箋が貼ってあったりして……」
懐かしむようにおばさんは言った。結構成功とかするもんなんですね、と笑いが起こる。
「でも、ちょっと触れないものだからあれはあのまま仕舞っとこうかしらね。思い出だし……当人からしてもそっとしておいてほしいものだろうから」
そんなわけなら、ということで、十円玉の入ったガラス瓶は丁重に元の場所へと戻された。
その夜、彼らの寝室になったのはあの押入れ──例の「成功した十円」を入れたガラス瓶の仕舞われた──のある部屋だった。
昼間の作業の疲れもあって、すぐに深い眠りへと落ちた……はずだった。
が、何かの物音で目が覚めたのだという。
友人が起き出した様子もないし、おばさんも早々に床に就いている。自分たちも、おばさんが休んでからあまり間を置かずに休んだはずだ。時計を確認すると、そこまで時間も経っていない。ぼんやりと眠い頭で、そのじゃらじゃら鳴る音を聞いていた。
ああ、しっかり置いてなかったんだな、あの瓶。
そんなふうに思った。音の方向にあるのは押入れだ。第一このじゃらじゃらという音はガラス瓶の中で硬貨が触れ合う音に聞こえる。置いたときに瓶が水平になっていなかったのが、何かの拍子に……
……いや、そんなことがあるはずがない。寝ぼけた思考がだんだんと覚醒する。ガラス瓶はきちんと床面に置いたはずだ。傾いているはずもなければ、こんなに激しくじゃらじゃらと、まるで人間が手を入れてかきまわしているような音がするはずもない!
友人のほうをちらりと確認する。が、目覚める様子もない。押入れに近いのは自分のほうだ……音はもう、何か生き物が侵入しているのでなければ説明がつかないほどになっていた。
このまま続くのなら明かりを点けて確認しなければならない、と思った。頭の中でそのための動きをシミュレーションする。まず電灯のスイッチの位置を──暗い部屋の中を目で追った。
そこに、誰かいた。
部屋にはひとつ机があるのだが、そこに誰かが向かっている姿が見えた。暗い部屋の中で見えたということは──白い衣服をまとっていた、ということだろう。
最初は書き物でもしているのかと思った。が、違う。机の上に乗せられた片手が、つうっ、と滑るように動いた。
これ、こっくりさんをやってんじゃないのか……!?
そう思うと一気に怖くなった。
「なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ…………」
そんな言葉まで聞こえる。男の声だ。何言ってるんだ、と生唾を呑み込んだ。
「……なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ…………なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……」
少し間を置きながら、その言葉が何度も繰り返される。
今すぐにでも逃げ出したかった。けれど、机の位置が自分よりも出口に近い。逃げるためにはあの存在の側を通る必要がある……
焦燥の中で、ふと、どうでもいいことに気が付いた。
「…………なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ…………」
この不自然な間は何なのだろう。焦燥が転じて、間髪入れずしゃべれよ、という苛立ちになりかけたとき、それを理解した。
「なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ………ぃ……
なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……ぁい……
なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……はい……
なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……はい!」
……返事をしている。
「なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……はい!!」
その返事が、どんどん大きくなっていた。
「なるほどぉ、二十歳は超えられるんだぁ……はぁい!!」
最後に聞いたそれは、ほとんど絶叫だった、という。
そこで気を失ったのだと思う。ふと気が付いた時には、もう朝になっていた。目覚めた彼の顔を見た友人が、お前そんなに疲れてたのか、と言うほどには酷い顔をしていたらしい。
すぐにおばさんに聞いてみた。
「おばさんおばさん、おばさんのお兄さんって人、亡くなった時何歳くらいだったの?」
おばさんは一瞬きょとん、としたが、こう言った。
「ああ、二十一、二だったと思うけど……?」
……でも、主語がなかったからなあ……
そう思うと、しばらく気が気ではなかった、という。
〈誰が〉〈二十歳は超えられる〉のか。あの存在──おそらくはおばさんのお兄さん──なのか、それとも自分なのかが、はっきりしなかったからだ。
けれど、彼はこう語る。
「ただまあ、僕もこうやって三十超えましたからね」
そんな理由で話してくれた体験だった。
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出典
シン・禍話 第七夜 46:35頃~
※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。