ねものがたり③「赤い衣」

京の都の、冷泉院小路の南側と東洞院大路の東側とが交わる角に、「僧都殿」と呼ばれる屋敷地があった。これがとんだ悪い場所であったらしい。どう悪いかは詳しく伝わっていないが、人が落ち着くことのない場所であったという。

この僧都殿の冷泉院小路を挟んで北側は源扶義というひとの屋敷であった。そこからでも僧都殿の西北の角にある榎の大木が見える。ある日の夕暮れ時、僧都殿にある家屋の屋根から赤い衣がふわりと舞い上がってその榎の枝に上ったのを見た人がいた。そんなことがたびたびあった。
近隣の人々にとっては気味のいいことではない。怖がって誰も近寄ろうとはしなかったが、その源扶義家の夜間警備をする武士の一人が、
「俺があの衣を射落としてみようじゃないか」
と言い始めた。同僚たちが面白がって、
「いやいや無理だろう、射落とせるものかよ」
などと煽ったものだからどんどん調子に乗って、
「なに、俺が必ず射落としてみせよう」
とまで言い切った。
その日の夕暮れ時、彼は僧都殿に行くと住む者もない屋敷の南側の縁に上がってその時が来るのを待っていた。すると、東側の竹が少しばかり生えたあたりから赤い衣がいつものように舞い上がってふわふわと飛んでいく。よし来た!と弓に矢をつがえ、強く引き絞って放つ。夕闇を割いて飛んだ矢は、衣の中心部分を射抜いたかに見えた。
――が、落ちない。一度衝撃を受けて風を孕んだようにぶわりと波打ったがそれだけで、矢が突き刺さったままいつものように榎に登り、見えなくなってしまった。
ちょうどこのあたりで矢が当たったはずだ、という場所まで行ってみると、かなりの量の鮮血が地面に飛び散っていたという。
元の屋敷に戻ってきた武士がそんな次第を話して聞かせると、煽った同僚たちもこれはまずいことをした、という気になった。ひどく嫌な予感がした。
その夜警備の仕事に当たった例の武士は、途中で仮眠のために横になった。そしてそのまま冷たくなっていた、という。
つまらないことをして死んだものだ、と、その武士の同僚が語った話である。

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・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、こわい話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。


出典
『今昔物語集 巻第二十七 本朝付霊鬼』より「冷泉院東洞院僧都殿霊語第四」

底本
『今昔物語集 四(日本古典文学全集24)』昭和51年3月31日初版 小学館