ねものがたり④「柱の手」
世尊寺という寺院が源高明という貴族の邸宅であった頃の話だ。その屋敷は「桃園」と呼ばれていたという。
その屋敷のうち、寝殿の南東にある一本の柱には節穴が開いていた。
いつごろからとは知れないが、夜、その穴から小さな子どもの手が出て人を招く、という怪異が起こるようになったという。このことはもちろん主人である高明の耳にも入った。彼は驚き怪しんだが、そのままにしておくわけにもいかない。
まず経典をその穴の上に結び付けてみた。けれど、その隙間からやはり子どもの手がひらひらとこちらを招く。次には仏の絵を柱に掛けてみた。それでも事態は変わらなかった。
毎晩のことではない。けれど、二日、三日と間をあけては夜目にも白い子どもの手が現れ、誰かを招くようにひらひらしている。それ以上のことがあるというわけではない。しかしそれが出る理由らしい理由もなく、仏の威光も意味がないとなってはただただ不気味だった。
が、ある夜からその手は出なくなった。
誰だったかはわからないが、ちょっと試してみようといった人がいて、その穴に一本の矢を突き刺してみたところ、手が出なくなったのだという。が、矢を取り除けると再び出る。それで、矢尻の部分だけを深く打ち込んでそのままにしておいたところ、以後手が招くことはなくなった。
それにしても仏より矢の一本が勝るとは、と誰もが訝しんで、今に伝わる話となっている。
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・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、こわい話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。
出典
『今昔物語集 巻第二十七 本朝付霊鬼』より「桃薗柱穴指出児手招人語第三」
底本
『今昔物語集 四(日本古典文学全集24)』昭和51年3月31日初版 小学館