ねものがたり⑧「病の床」
これは大久保内膳忠寅が語ったことである。
大久保は、御三卿・清水家の家老を勤めた永井主膳正武氏とは親戚にあたる。その伝手もあって、大久保の妹は永井家に女中奉公していた。
この妹が、永井の急病を知らせてきたのである。それで、慌てて大久保も永井家へと駆け付けた。
が、特にどうということはなかった。確かに急病は急病だったのだが、高熱を出しているというわけでもない。
ただ、彼の夜着も、寝具も、寝所も、すべてがびしょ濡れだった。
まるで井戸や池に落ちた者がそのまま上がってきたような有り様だった。
だから、当人にどうしたのが聞いてみたが、
「まったく覚えていない」
と言う。供回りや他の家中の者へも尋ねてみたが、
「殿が井戸や池に入るようなことは全くこざいませんでしたが……」
と答えるばかりだった。
結局今でも何があったのかはわからない、という。
*
また、その永井は八十歳を目前にこの世を去ったが、いよいよ末期という時にこういうことがあった。
病の床にある永井が、時折、起き上がっては布団と布団の間をごそごそと何か探し回っているのである。
もちろん看病している者が、
「何をお探しですか?」
と尋ねる。すると、永井はこう答えた。
「首が二つ三つあるはずだが」
……もちろん側仕えの女たちは怖がる。男たちは「病気も長いから」というふうに言い合った。
そうこうするうちに永井は亡くなった。
様々の弔いが進み、埋葬するための墓穴が掘られる。
そこから、地蔵の首が三つ見つかった。
……そんなことを聞いた、という話をある人が語ってくれたとき、ちょうど前述の大久保が居合わせていた。
と、大久保がこんなことを言った。
「いやそれは永井違いでしょう。主膳正殿には最期の最期まで付き添いましたが、そんなことは見も聞きもしませんでしたよ」
──────────
・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、こわい話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。
出典
根岸鎮衛『耳袋』巻之四より「怪病の事」「気性之者末期不思議の事」
底本
根岸鎮衛著、長谷川強校注『耳袋 中』1991年3月18日初版 岩波文庫