先生との出会い
大学の先生のお手伝いしに行った。やってほしい作業はたくさんあるそうで、地域に開かれた資料室がそこにはあった。
道中までは、浄水駅から歩いて行こうとしたが、どうみても12時に間に合いそうにない。(もともと遅刻する時間だった。)
そこで、先生に電話をしてみた。結果、資料室から最寄りの駅まで車で迎えに来てくださることになった。
とてもありがたく、また、困った時には電話一択、そして、計画性を持つということを学んだ。なぜなら、私が行こうとしていた駅から資料室までは、歩いていけないと、先生に断言されたからだ。
私が歩いて行くまでには先生が講義をしに大学まで行くというドラマチックなすれ違いが起きるところだった。危ない危ない。
ということで、人生計画的にいかなければいけない。(もう既に計画性という性質は皆無)
余談、先生に、資料室まで浄水駅から歩いてこようとした人は見たことないと笑われてしまうほどの原始的な行為だったらしい。
原始的といえば、私は最近、歩いて目的地に向かうことが多かった。地面を踏みしめて、そこまでたどり着くという感覚を無意識的に味わいたかったからだろう。
こういえば聞こえがいいだろうと思い、言い訳をしてみた。用は、計画性が皆無の心理状態が、今の自分であるということだ。
話は戻る。それから無事浄水駅から梅坪、猿投と乗り換えをして、車で迎えに来てもらった。
資料室までは、初めてお会いする先生の活動拠点である研究資料室のことを、簡単に説明してもらいながら車の中で聞いた。
こうも言ってはなんだが、とても興味深い方だった。だからこそSOSならぬ一緒に祭りに行きたいです、というメールを送ったのだ。(講義の中で出ていた祭りの話で、一緒に行きたいという人がいればぜひ、と仰っていたので冗談半分で言ってみた)
というのも、なぜ休学しているのに、大学の先生と初めてお会いしたのか、手伝いをしに行ったのかという話に遡りたい。履修登録して講義を1回聞いて、この人にSOSを出そう、と決めた。このメールの主旨的にはこうだ。
休学をします。講義を聞いて、学びたいという気持ちを思い出すことができました。
機会があれば一緒に百済祭に行きたいです。
ありがとうございました。
簡略したらこんな感じだ。
それから、資料室でしてもらいたいことたくさんあるから、安心できる場で行動したいなら、ぜひに。というお返事を頂き、今日まで至る。
とてもありがたかった。
履修登録した講義の先生方に休学するという主旨と復学の際またよろしくお願いしますと送ると、優しいお言葉をくださるのだ。
人間、休む時に優しい言葉をかけてもらうと、頑張れるってもんよ。と思った。
ということで、その後資料室まで行き、昼食の時間をお話しながら共にした。
資料室についた時は、感想として、めっちゃ田舎(自然豊か)だった。
先生曰く、インスタ映えするでしょ?とのこと。
紅葉もいい感じで落ち葉があって、矢作川の水たちが光に照らされていて、実家を思い出して自然と落ち着いた。
楽しそうに、生き生きしている先生を見たら、こんな風にやりがいのある仕事を見つけて、生きたいと尚更思った。
食事中はその資料室のこと、本のこと、抑うつの状態で休学したことのお話をして、お話ししていて気が楽だった。息もできたし。
とにかく、私が原始的な生物だということはわかって頂けたかもしれない。休学のことについても、いいと思う、と何回も感慨深げに仰ってくださった。
個人的にはそれが嬉しかった。それから、物品の在庫確認のお手伝いをしてから、先生が講義をするので、共に大学まで行って、お別れした。
その道中にも、先生のことについて質問をしてお聞きした。子育て中に託児所に預けてコンサートに行ったら、文化的なことに触れる時間はできるんだ、と気づいてから、院に行って、今に至るらしい。
上野千鶴子さんに支えられた、というお話もされていた。またお話を聞きたい。