時代から零れ落ちたストーリー・テラー:具島直子 - miss.G
Instagramのストーリーズを眺めていたら、女性モデルが大きな丸いキャンディを嘗めている広告が流れてきた。「Tokimeki Records」というレーベルのもので、流れてくるメロディーがとても印象的だった。何度か見ているうちに興味が募ってレーベルのYoutubeページにアクセスしたところ、それは具島直子と言う人のカヴァー曲で、タイトルは広告のイメージそのままの「Candy」という曲だと知った。
ぐしま、というあまり聞き馴染みのない名字のシンガー・ソングライターが歌う「Candy」のオリジナルを聞いたら、私はすぐにその曲を繰り返して聞くようになっていった。少し陰のあるメロディーもいいし、ピアノの使い方もとても気に入った。すぐに具島直子の素性が知りたくなり、ネットを彷徨い歩いた。素っ気無い感じのオフィシャル・サイトがあったが、職業音楽家としての必要最低限のインフォメーションがあるだけだ。Googleで検索をしてもトップに来るのはタワーレコードの商品紹介のページで、仕方がないといえば仕方がないが、オフィシャル・サイトに書かれていること以上の内容にはなっていない。
「Candy」が収録されているデビュー・アルバム「miss. G」は1996年にリリースされている。当時は安室奈美恵がポップ・カルチャーの主流だった。またインターネットが一般家庭に入り込み始めた時期でもあった。具島直子と「miss.G」は安室奈美恵とはずいぶんと距離があるように思うし、ニッチな表現に光を当てることに寄与するインターネットも今ほど一般的ではない。リリース当時は時代から零れ落ちてしまったとしか言いようがない。しかしここ数年のシティ・ポップ再評価ブームがこのアルバムを再発見し、私にも届いた。
私はシティ・ポップを歌い手や演奏者の感情表現よりは高度な演奏技術とスタジオ技術で普遍的な「良さ」をクールに追求する音楽だと捉えている。そういう点ではフュージョンに近い(というかそのまんまなのかもしれない)ものを感じている。「miss.G」もバックの演奏についてはそんな印象を受けた。ただし思ったより低音が大きく、ファンキーな面が強く出ている。私のようにAppleMusicで聞く人に向けて、今風にそういう音に作り直したのかもしれないけれども、跳ねるリズムと控えめに爪弾かれるギター、その上で踊るようなピアノがあくまでクールに、かつ上品にまとめられている。そこはこのアルバムの大きな魅力だ。
そして何よりも具島直子の書く歌詞と歌に私は惹きつけられた。曲は長くても5分。その短さの中で、彼女はとても明確に、その曲が描いている光景を私に映し出す。曲のテーマは恋人と過ごす時間、その時間が失われた時のこと、友人のことが主なものだ。歌詞はそのテーマを表現するための言葉がシンプルに、しかし的確に選ばれている。「台風の夜」では不安な中を恋人と過ごす景色が、「モノクローム」「Love Song」は恋に傷ついた人の見る景色がまるで自分のことのように迫ってくる。「Candy」では友人への愛情が余すことなく伝わってくるし、「Candy」の後日譚とも受け取れる「My Friend」では友情が時間の流れとともに変化したことの寂しさが十分すぎるほど伝わってくる。
先に書いた「自分のことのように」も具島直子の素晴らしいところだ。彼女の歌は歌詞が描く物語にとても強い説得力を与える。だから歌詞を読みながら聞いているうちに、歌声に導かれて彼女の描く物語に入り込み、その光景を彼女と共に見ているような気になる。どんな曲でも彼女は曲の中のパートナーを本気で愛しているし、パートナーに傷つけられて本当に悲しい思いをしている。傷ついた友人に手を差し伸べ、その傷を本気で癒そうとしている。多くの曲で孤独であることの寂しさ、しかしそれが美しい時間になることがあり、その美しい時間を生きることが新しい暮らしを始めるための力になる。彼女は物語を通して、そんなことを伝えているように私は感じている。
シティ・ポップのクールさと、相反するようなエモーショナルな歌声を持つ具島直子という素晴らしいストーリー・テラーに、今更でも出会えたことを嬉しく思う。「miss.G」はポップ・ミュージックの魔力と魅力が余すことなく体験できる。なのでどうかサブスクリプション・サービスで聞く人のために歌詞は全曲で表示されるようにしてほしいと、心から思う(私はここを見ながら聞くことが多い)。