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谷崎潤一郎『鍵』 Vol.18 夫の日記:2月24日(朗読用)894文字
#谷崎潤一郎 『鍵』Vol.18
夫の日記:2月24日
タグ #NTR朗読RTA_鍵
企画 @NemureruMami
※朗読した音声は、原作の日記の日付と同じ【2月24日以降】にご利用のプラットフォームに投稿して頂き、投稿先のリンクをXにポストして下さい。
二月二十四日。
………敏子の別居以来、木村は遊びに来る表向きの口実がなくなったわけだけれども、相変わらず二三日置きに来る。
僕の方からも電話をかける。(敏子も日に一度は顔を見せるらしいが長くはいない)
ポーラロイドはすでに二晩使用した。
写真は全裸体の正面と背面、各部分の詳細図、いろいろな形状に四肢を歪曲(わいきょく)させ彎屈(わんくつ)させ、折ったり伸ばしたりして最も蠱惑的(こわくてき)なる角度から撮った。
僕がこれらを撮った目的は何にあるかというと、第一は撮る事自体に興味を感じたからだ。
寝ている(もしくは寝ているふりをしている)女体を自由に動かして種々な姿態を作ってみる事に愉悦を覚えたからだ。
第二の目的は、これらを僕の日記帳に貼付(てんぷ)しておく事だ。
そうすれば妻は必ずこれらの写真を見るに違いない。
そうすれば彼女は今まで彼女自身気がつかないでいた部分の彼女の姿態の美を発見し、そして驚くに違いない。
第三の目的は、そうすれば彼女も、僕がいかに彼女の裸体を見たがっているかの理由を解し、僕に同感―――むしろ感激するでもあろうからだ。
(本年五十六歳の夫が四十五歳の妻の裸体にかくも憧あこがれるという事は希有(けう)の事だ。それを考えてみるがよい)
第四の目的は、そうする事によって彼女を極度に辱(はずかし)め、彼女がどこまでしらを切っていられるかを試してやりたいのだ。
この写真機はレンズが暗く、レンジ・ファインダーが付いていないので、目測で写さなければならず、僕のような未熟なものが撮ったのではピンボケになりやすい。
それに、ポーラロイド用のフィルムも最近は非常に感光度の優(すぐ)れたものが出ているそうだけれども、日本ではちょっと入手困難だそうで、木村の持って来たものは期限の切れた古フィルムであるから、よい結果が得られるはずはない。
一々フラッシュを用いなければならない事も、厄介やっかいで不便だ。
この機械では僕はわずかに第一と第四の目的を満足させ得るに過ぎないので、まだ今のところ貼付する事を見合わせている。………
奥様、朗読お疲れさまでした。
【次回】Vol.19 妻の日記:2月27日
こちらに投稿予定です。
原文(引用元)青空文庫
初出「中央公論」中央公論社 1956(昭和31)年1月、5月~12月
【朗読用書き下し文 ポリシー】
当作品は、夫の日記の部分がカタカナで書かれている為、全体的にリライトさせて頂きました。
①青空文庫を原文とする
②AIは使用しない
③難読漢字は残し、ふりがなを加える
④注釈入りの漢字は、適宜、現代漢字や平仮名に置き換える
⑤朗読時に読みやすいよう、適宜、改行、段落、読点、句読点、平仮名を加える。
【企画】眠れる森🌙まみ https://twitter.com/NemureruMami
谷崎潤一郎『鍵』Vol. 夫妻の日記:月日(朗読用)文字