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谷崎潤一郎『鍵』Vol.13 妻の日記:2月9日(朗読用)995文字

#谷崎潤一郎 『鍵』Vol.13
妻の日記:2月9日
タグ #NTR朗読RTA_鍵
企画 @NemureruMami
※朗読した音声は、原作の日記の日付と同じ【2月9日以降】にご利用のプラットフォームに投稿して頂き、投稿先のリンクをXにポストして下さい。

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 二月九日。

 ………今日、敏子が別居させてくれと申し出た。
 理由は静かに勉強したいからであると云い、幸い別居するに好都合な家があるので、急にその気になったのだと云う。
 それは同志社で彼女がフランス語を教えて貰っていたフランスの老夫人の家で、今も敏子はその老夫人に個人教授を受けているのである。

 夫人の夫は日本人であるが、目下中風(ちゅうふう)で臥床(がしょう)しており、夫人だけが同志社に教鞭を執(と)ったり、個人教授をしたりして夫を養っているのであるが、夫が発病して以来、自宅では敏子以外に生徒を取らず、もっぱら出教授(できょうじゅ)を主にしている。

 家は夫婦二人きりで、間数(けんすう)は廣(ひろ)くないけれども、夫が書斎に使っていた離れ座敷の八畳が今は不用に帰(き)しているから、そこに寝泊りして下されば夫人も病人の夫を置いて外出するのに安心である。
 電話もあるし、瓦斯風呂(ガスぶろ)の設備もある。
 敏子が借りてくれれば願ってもない仕合(しあわ)せであると、夫人の方から話があった。

 ピアノを持ち込むのなら、離れ座敷の床下に煉瓦(れんが)でも敷いてネダを丈夫にし、電話も切り換えができるようにし、便所や風呂場も、夫の病室を通り抜けて行くようになっていて不便であるから、離れから直接行けるように通路をつける、それも極めて簡単に僅(わず)かな費用で取りつけられる、夫人の留守中、病人の夫に電話がかかって来ることはめったにないが、あっても一切不問に附(ふ)することにきめてあるから、敏子はそんなことに一々煩わされないでよいと云う、そういう条件で、部屋代も安くするそうだから、しばらくそうさしてほしいと云うのである。

 このところほとんど三日置きぐらいに木村さんが来てブランデーが始まり、クルボアジエはすでに二本目が空になり、そのたびごとに私が風呂場で倒れるので、敏子も愛憎(あいそ)が尽きたのであろう。
 深夜両親の寝室で時々煌々(こうこう)と電燈が点(とも)ったり、螢光燈ランプが輝いたりするのも、彼女は気がついて不思議に感じているに違いない。
 ただし全くそれだけが理由であるのか、他にも私たちに秘(ひ)している理由があって別居を欲しているのであるか、そこのところは何とも云えない。

「パパが何とおっしゃるかあなたが直接聞いてごらん。パパがよいとおっしゃれば私は反対しません」と答える。………

奥様、朗読お疲れさまでした。
【次回】Vol.14 夫の日記:2月14日
こちらに投稿予定です。

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原文(引用元)青空文庫
初出「中央公論」中央公論社 1956(昭和31)年1月、5月~12月

https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56846_58899.html


【朗読用書き下し文 ポリシー】

当作品は、夫の日記の部分がカタカナで書かれている為、全体的にリライトさせて頂きました。
①青空文庫を原文とする
②AIは使用しない
③難読漢字は残し、ふりがなを加える
④注釈入りの漢字は、適宜、現代漢字や平仮名に置き換える
⑤朗読時に読みやすいよう、適宜、改行、段落、読点、句読点、平仮名を加える。


【企画】眠れる森🌙まみ https://twitter.com/NemureruMami

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