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谷崎潤一郎『鍵』Vol.3 夫の日記:1月7日(朗読用)

谷崎潤一郎『鍵』Vol.3 夫の日記
1月7日(朗読用)1418文字

夫の日記:1月7日
タグ #NTR朗読RTA_鍵
企画 @AmanumaMilk
※朗読した音声は、原作の日記の日付と同じ【1月7日以降】にご利用のプラットフォームに投稿して頂き、投稿先のリンクをXにポストして下さい。

イベント詳細👉 https://note.com/amanuma_milk/n/n8ee84b0140e6
#NTR朗読RTA_鍵  1月の音声投稿日

 一月七日。

 ………今日木村が年始に来た。
 僕はフォークナーのサンクチュアリ(※1)を読みかけていたので、ちょっと挨拶して書斎に上った。
 木村は茶の間で妻や敏子としばらく話していたが、三時過ぎに「麗しのサブリナ」(※2)を見に行くと云って、三人で出かけた。
 そして木村は六時頃また一緒に帰って来て、僕ら家族と夕食をともにし、九時少し過ぎまで話して行った。

 食事の時敏子を除く三人はブランデーを少量ずつ飲んだ。
 郁子は近頃酒量がやや増したように思う。
 彼女に酒を仕込んだのは僕だが、もともと彼女は行ける口なのだ。
 彼女は勧められれば黙ってかなりの量を嗜む。
 酔う事は酔うが、その酔い方が陰性で、外に発せず、内攻し、いつまでもじっと怺(あつら)えているので、人には分らない事が多い。

 今夜は木村がシェリーグラス(※3)に二杯半まで彼女にすすめた。
 妻はいくらか青い顔をしていたが、酔った様子は見えなかった。
 かえって僕や木村の方が紅(あか)い顔になった。
 木村はそんなに強くはない。
 妻より弱いくらいである。
 妻が僕以外の男からブランデーの杯を受けたのは、今夜が始めてではないだろうか。
 木村は最初敏子に差したのだが、
「私はだめです、どうかママにお酌なすって」
と敏子が云ったからであった。

 僕はかねてから、敏子が木村を避ける風がある事を感じていたが、それは木村が彼女よりは、彼女の母に親愛の情を示す傾向がある事を、彼女も感づくに至ったからではないであろうか。
 僕は僕の嫉妬からそんな風に気が廻(まわ)るのかと思って、その考えを努めて打ち消していたのであるが、やはりそうではなさそうである。
 一体妻は来客に対しては不愛想で、こと男の客人には会いたがらないのであるが、木村にだけは親しむのである。

 敏子も、妻も、僕も、いまだかつて口に出した事はないが、木村はジェームス・スチュアート(※4)に似ている。
 そして僕の妻は、ジェームス・スチュアートが好きである事を、僕は知っている。(妻はそれを口に出した事はないが、ジェームス・スチュアートの映画だと缺(か)かさず見に行くらしいのである)
 もっとも妻が木村に接近するのは、僕が彼を敏子に妻(めあ)わせてはどうかという考えがあって、家庭に出入りさせるようにし、妻にそれとなく二人の様子を見るようにと命じたからなのである。

 ところが敏子はこの縁談には、どうにも気乗りがしていないらしい。
 彼女はなるべく木村と二人きりになる機会を作らぬようにし、いつもほとんど郁子と三人で茶の間で話し、映画を見るにも必ず母を誘って出かける。
 「お前がついて行くから悪い、二人きりで出してみなさい」
と云うのだが、妻はそれには不賛成で、母親として監督する責任があると云う。
「それはお前の頭が時代おくれだからだ、二人を信用したらよいのだ」
と云うと、
「私もそう思うのですけれども、敏子がついて来てくれと云うのです」
と云う。

 事実敏子がそう云うのだとすれば、それは自分よりも母の方が木村を好いているところから、むしろ自分が母のために仲介の労を取ろうとしているのではあるまいか。
 僕は何となく、妻と敏子との間に暗黙の示し合わせがあるような気がしてならない。
 少くとも妻は、自分では意識していないのかも知れないが、自分では若い二人を監督しているつもりかも知れないが、実際は木村を愛しているように思えてならない。………

旦那様、朗読お疲れさまでした。
【次回】Vol.4 妻の日記:1月8日
12月8日 こちらに投稿予定です。

https://note.com/amanuma_milk/n/n8ee84b0140e6

 こちらは当note管理者・甘沼が主催する、朗読イベント用の書き下し文です。
 イベントご参加の方に向けて、青空文庫収蔵 谷崎潤一郎 作『鍵』を、読みやすくリライトさせて頂きました。
 エントリー不要、途中参加可、タグをつけるだけのフリーイベントですので、noteの皆様も、ぜひご参加ください。お待ちしております。

※1 フォークナーのサンクチュアリ
アメリカの小説家ウィリアム・フォークナーの小説で、文学的名声を確立させた作。強姦をテーマにしたこともあり、議論を多く呼んだ。1931年ブラック・サン・プレス出版。
https://ja.wikipedia.org/wiki/サンクチュアリ_(フォークナー)

※2 麗しのサブリナ
ヘプバーンのハリウッド映画主演第2作。現代版“シンデレラ“と呼べるストーリーで、ロマンティック・コメディの傑作たる要素をすべて持った作品。製作1954年(米)
https://natalie.mu/eiga/film/135041

※3 シェリーグラス
シェリーなど、食前酒、食後酒を味わうためのやや縦長の脚付きの小型グラス。リキュールグラスよりひと回り大きく、容量は60~75mℓ。
https://kotobank.jp/word/しえりーぐらす-807808

※4ジェームス・スチュアート
アメリカ出身の俳優。191cmの長身で、その誠実な人柄と、日々の生活で困難に立ち向かう善良な役柄を多く演じたことによる印象から「アメリカの良心」と呼ばれた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェームズ・ステュアート_(俳優)

原文(引用元)青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56846_58899.html

初出「中央公論」中央公論社 1956(昭和31)年1月、5月~12月


【朗読用書き下し文 ポリシー】

当作品は、夫の日記の部分がカタカナで書かれている為、全体的にリライトさせて頂きました。
①青空文庫を原文とする
②AIは使用しない
③難読漢字は残し、ふりがなを加える
④注釈入りの漢字は、適宜、現代漢字や平仮名に置き換える
⑤朗読時に読みやすいよう、適宜、改行、段落、読点、句読点、平仮名を加える。


【企画】眠れる森🌙まみ https://twitter.com/NemureruMami


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