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谷崎潤一郎『鍵』Vol.8 夫の日記:1月28日(朗読用)1139文字

#谷崎潤一郎 『鍵』Vol.8
夫の日記:1月28日
タグ #NTR朗読RTA_鍵
企画 @NemureruMami

※朗読した音声は、原作の日記の日付と同じ【1月28日以降】にご利用のプラットフォームに投稿して頂き、投稿先のリンクをXにポストして下さい。

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 一月二十八日。

 ………今夜突然、妻が人事不省になった。
 木村が来て、四人で食卓を囲んでいる最中に、彼女がどこかへ立って行って、しばらく戻って来ないので、
「どうなすったのでしょう」
と木村が云い出した。
 妻はブランデーが過ぎると時々中座して便所に隠れている事があるので、
「なに、今に戻って来るよ」
と僕は云っていたが、あまり長いので木村は気を揉んで呼びに行った。
 そして間もなく、
「お嬢さん、ちょっと変だからいらしって下さい」
と、廊下から敏子を呼んだ。

 ―――敏子は今夜もほどよい所で、自分だけさっさと食事を済まして部屋に引き取っていた。
 ―――「おかしいですよ、奥さんがどこにもいらっしゃらないらしいです」
と云うので、敏子が捜すと、妻は風呂に漬かったまま浴槽の縁に両手を掛け、その上に顔を打つ俯(ぶ)せにして睡(ねむ)っていた。「ママ、こんな所で寝ないでよ」
と云っても返事をしない。

「先生、大変です」
と木村が飛んで来て知らせた。
 僕は流し場に下りて脈を取って見た。
 脈搏(みゃくはく)が微弱で、一分間に九十以上百近くも打っている。

 僕は裸体になって浴槽にはいり、妻を抱えて浴室の板の間に臥(ね)かした。
 敏子は大きなバスタオルで母の体を包んでやってから、
「とにかく床(とこ)を取りましょう」
と云って寝室へ行った。

 木村はどうしてよいか分(わか)らず、浴室を出たりはいったりウロウロしていたが、
「君も手を貸してくれたまえ」
と云うと、安心してノコノコはいって来た。

「早く拭いてやらないと風邪を引く、済まないが手伝ってくれたまえ」
と云って、二人で乾いたタオルを持って、濡れた体を拭き取ってやった。

(こんな咄嗟(とっさ)の間合にも、僕は木村を「利用」する事を忘れなかった。
 僕は彼に上半身を与え、自分は下半身を受け持った。
 僕は足の指の股までもきれいに拭いてやり、
「君、その手の指の股を拭いてやってくれたまえ」
と木村にも命じた。
 そしてその間にも、木村の動作や表情を油断なく観察した)

 敏子が寝間着を持って来たが、木村が手伝っているのを見ると、
「湯タンポを入れるわ」
と云ってすぐまた出て行った。
 僕と木村は二人で郁子に寝間着を着せて、寝室へ運んだ。

「脳貧血かも知れませんから、湯タンポはお止めになった方がよくはないですか」
と木村が云った。
 医者を呼ぼうかどうしようかと、しばらく三人で相談した。
 僕は児玉(こだま)氏なら差支えないと思ったけれども、それでも、妻のこういう醜態を見せるのは好ましくなかった。
 が、心臓が弱っているようなので、結局来て貰った。

 やはり脳貧血だそうで、「御心配はありません」と云って、ヴィタカンフルの注射をして児玉氏が帰って行ったのは、夜中の二時であった。………

旦那様、朗読お疲れさまでした。
【次回】Vol.9 妻の日記:1月29日
こちらに投稿予定です。

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1月の日記

 こちらは当note管理者・まみが主催する、朗読イベント用の書き下し文です。
 イベントご参加の方に向けて、青空文庫収蔵 谷崎潤一郎 作『鍵』を、読みやすくリライトさせて頂きました。
 エントリー不要、途中参加可、タグをつけるだけのフリーイベントですので、noteの皆様も、ぜひご参加ください。お待ちしております。

https://note.com/nemureru_mami/n/n8ee84b0140e6

原文(引用元)青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56846_58899.html

初出「中央公論」中央公論社 1956(昭和31)年1月、5月~12月


【朗読用書き下し文 ポリシー】

当作品は、夫の日記の部分がカタカナで書かれている為、全体的にリライトさせて頂きました。
①青空文庫を原文とする
②AIは使用しない
③難読漢字は残し、ふりがなを加える
④注釈入りの漢字は、適宜、現代漢字や平仮名に置き換える
⑤朗読時に読みやすいよう、適宜、改行、段落、読点、句読点、平仮名を加える。


【企画】眠れる森🌙まみ https://twitter.com/NemureruMami

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