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「戦争が終わって、メロンパンが小さくなったわけじゃないのよね」の話
大正の終わりに生まれた祖母は泉下の人となって10年以上経ちますが、私が生まれて数ヶ月で仕事に戻った母の代わりに赤ちゃん時代から小学校高学年くらいまでを一番長い時間一緒に過ごしました。
母は彼女の実の母である祖母について「同じ話ばっかり」と言いましたが、私は1エピソードにつき3回話されるのなら少ない方、という祖母の話を繰り返し繰り返し聞いて育ったのでかなり祖母について詳しい、多分祖母が出会った人の中で一番私が詳しいと思う。もともとはエリートな小学校教員(この話がまた長くなるのでまた)だったのですが、体調を崩して40代の頃に早々と引退し、趣味に生きる人にジョブチェンジ。短歌が好きな人でたくさん詠んではいくつかの短歌集に載ったり、「自分史でも書こうかしら」とか言ってた。実現はしなかったけど。
祖母のエピソードトークより:メロンパンの話
祖母:学校に入る前、疎開する前は東京にいたんだけど、家の近くにパン屋さんがあってメロンパンが売ってたの。両手広げても大きいようなパンで、美味しくて、大好きだったんだけど戦争が始まったら疎開先にはパンどころかお米もなくてお芋ばかり食べていたの。それで戦争が終わって大人になって久しぶりにメロンパンを買ったら、すごく小さくなっててがっかりしたの。でも、メロンパンが小さくなったんじゃなかったみたい、私の手が大きくなっていたのよ。
コロナで今、子供達の様々な体験の接点が少なくなっていることを痛感しています。時間は滝のように流れて、水を手のひらに溜め続けることは難しくて、ただこぼれ落ちていくのを見ることしかできないのは辛い。ぽっかりと抜け落ちた日々にならないように、大人としてできるだけ大きなバケツを用意していきたい、滝から落ちる水をすぐ飲めるようにコップも持っていたい。
成長は止められないのです、メロンパンの話。