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年の瀬のZoom忘年会で、僕なりの変わった幸せを実感した話。

「気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。」


Zoom越しでも分かる赤ら顔は、お酒のせいと見て間違いないだろう。現実世界より少し粗めの画素も、中学以来の付き合いとなれば些細な問題である。声のトーン、もっと言えば、数文字のテキストメッセージからだって読み取れる情報は案外多い。


「高校時代、僕は君のことを"大したこと無い"やつだと思っていたんだよ。」


そうかー、と一度相づちをうつ。驚きや戸惑いはない。実際、彼の指摘は僕の認める所であるし、何よりこの告白を受けるのはこれが初めてではない。恐らくあの日、自身が置かれた苦境でバランスを失った舌先の記憶は、深酒をもってしても消しきれなかったのだろう。忘年会の誘いは年末の大掃除を兼ねた試みだったのだろうかと、今にしてみればそう思う。


「うーん。」
「社会人になってからじゃないかな。自分ではそう思っているよ。」


沈黙する選択肢もあったが、刹那の逡巡を経て、発した音波がマイクに吸いこまれていく。自分の声がネットの大海原を真っ直ぐ切り裂き、相手のスピーカーを揺らしている事実。考えてみれば何と途方も無いことだろう。スクリーンにチカチカ明滅するアイコンを見ては、そんなことを考える。カツンと軽い金属音。缶ビールはどこかに無事着陸したようだ。


「いや。俺のなかでは。」


一番好きなアルコールを口に含んだ後で、ゆっくりと答えが返ってくる。彼の「酒」と「話」のテンポは、ずれているようでいてしっかり調和している。初めての転勤、コロナ禍、教育の未来を変えるプロジェクトへの参画。近況の細目を滑らかに、それでいて動的に語るリズム自体が、2020年の充実ぶりを静かに物語る。


「もっと前。確か、大学生の時からだな。」
「あの頃から、話していて気が抜けなくなった。」


そういうと、先程より滑らかにグラスに手を伸ばす。僕も「そうかなー」なんてとぼけながら何とか手に取った缶に口をつける。今相対しているのは、もはや寒空のフィッツウィリアムミュージアムで1時間の悩み相談を持ちかけてきた相手ではない。今席を立ってしまうのは、いささか勿体ない気がした。


「もう一本、とってきたら。」


こちらの思惑などすっかりお見通しなのか。頭をめぐる「なんだ」と「ほら」を消し去るようにアプリの動画と音声を切り、窓枠に隠し置いた缶に手を伸ばしてそそくさと席に戻る。只でさえ冷える部屋。足元だけでも何とか覆おうと、ラズライト色のブランケットをもぞもぞ動かすと、パチパチとした音が小気味よく響く。


「前向きになれるんだよな。」
「困難な状況を、君ならどう捉えるか。それを聞いて僕は何とか挑戦してきたんだ。」


そう聞いて、「寂しくないか」と問われれば嘘になる。だって、明確に過去形なのだから。けれど、県内随一の進学校で"受験指導"という消耗戦にもがき続けた彼に、新しいエッセンスが確実に加わりつつあることを感じられ、何とも幸せな気持ちになった。そのことを自認できるくらい全てがうまくいっている。回復志向の僕にとっても、一番健全な状態だ。


「そうか。」


人が人の話を「聴く」瞬間は、そう多くない。誰だって自分の話を聞いて欲しいし、自分の考えを述べたいのだ。その匂いを敏感に嗅ぎとって、僕はあまり自分の話をしてこなかった。聴く準備のできていない人に、自分の大事な話を消費される筋合いはない。堅苦しいけど、それは僕の中の会話のマナーなんだと思う。だから、年末に思いがけずそんな瞬間にめぐり敢えて、また幸せだった。


Zoomを切ったあと、のそのそと年賀葉書の残部を探す。ひょんなことから久しぶりに送り合うことになった。一体いつぶりだろう。彼作の何十MBのプレゼンテーションムービーとあわせて送られたきた住所を、この一枚だけは手書きする必要がある。やれやれ。


面と向かって伝えなかった、彼のプロフェッショナルを称える十数字。動画も音も無い、1KBにも満たないほんの僅かな情報量。それで十分伝わるはずだ。


来年、僕らの関係は、20年目を迎える。節目を気取るわけではないが、一度くらい直接会いたいものだ。その時は、こちらもフルーティーな大吟醸で、精一杯応戦することにしたい。こちらの消耗戦なら、彼も望むところだろう。

何かのお役に立ちましたなら幸いです。気が向きましたら、一杯の缶コーヒー代を。(let's nemutai 覚まし…!)