韓国人焼肉店主に訊く/無手勝流
空いている、腹が。空いている、いつも混んでいるその店も。出張滞在先の街で気になっていた店で一人焼肉をキメた。40代くらいの韓国人女性店主とカウンターでお喋りをした内容を書き留める。
・韓国の学校進学と宗教観
・梨泰院転倒事故
・組織に馴染めない少数派の苦悩
奥の座敷に一組いるだけで、他に客はいなかった。私は一人だったのでカウンター席に案内され、一人焼肉セットの「和牛スペシャル3品盛り」を頼んだ。出張も終盤、少し奮発。「やかん」の黄土色をした伝統の器で締めのイードンマッコリを飲みながら、店主の話が始まった。
・韓国の学校進学と宗教観
店主は韓国の大学を卒業後、アメリカ留学を経て、兄を頼って日本に来たという。「男は外、女は内」という厳格な役割規範が与えられた朝鮮王朝社会の流れを汲む韓国では儒教思想が根強く、ひと昔前では多くの家庭が女性の大学進学には否定的だったそうで、店主(40代女性)もその反対を押し切って、自ら学費を稼ぎながら卒業をした苦労人だそうだ。高収入のバイト代を得るために英語を勉強した経緯で大学卒業後にアメリカに語学留学したという。しかし、現地での生活が思い描いていたイメージと違い特に食や文化が合わず最終的に日本で住んで、店を切り盛りしているのだからすごくタフな方だ…。
『君は韓国のことを知っていますか?――もう一つの韓国論』(春秋社)によると、人口が日本の半分以下の約5000万人の韓国では、700万人以上が海外で暮らしているそうだ。海外で働く日本人は135万人だから、韓国人の国際化は日本よりかなり進んでいるといえる。とのこと。
韓国と言えばキリスト教信者が3割近くいて、仏教信者よりも多いと知っていたが、最近、私の友人(韓国人留学生)が大学を卒業してからキリスト教に入信したというのを本人から聞いて、そんなにも身近なものなのかと実感した。韓国の国際化の広がりは韓国人キリスト教徒の分布と相関を予想できる。しかし、その店主は「どちらかといえば仏教」という日本人的な宗教観の人だった…。
ホットニュースとしては、旧統一教会問題だ。これについても詳しい実体験を教えてくれた。店主の中学校時代の友人の一人が急に学校に来なくなりそのまま転校したことがあったという。後から聞くとその子の親が統一教会信者だったためだったそう。韓国内にもそういった宗教信者が集まって住む地域がありその子供たちを同じ学校に通わせるというのがあるようだ。学年に数人はそういう家庭の子がいる。その点、日本と同じくらいの比率に思える。日本との違いは学校の2~3割の子はキリスト教家庭であること。日本人は宗教に馴染みが無いといいながら世界最大の宗教行事「初詣」をする民族なのだけど…
・梨泰院転倒事故
この日の2週間前のハロウィーンに、ソウルの梨泰院で転倒事故が起こった。日本から留学中の友人も現地にいたというので、心配な出来事であった。そこの近くに住んでいたという店主は、事故は起こるべくして起こったと言う。韓国は地震災害が少ない国である、それ故、日本と比べて日頃からの防災意識が低く、催事会場などの規制も緩いのだという。催事会場の施工監理を職業とする私としてもこの事件に関する分析は示唆に富んだお話として聞かせてもらった。
・組織に馴染めない少数派の苦悩
韓国出身で留学先のアメリカ現地での生活が合わず最終的に日本で住んでいるという店主。梨泰院の転倒事故の要因としてもう一つ、「主張が強い」国民性もあると語ってくれた。混雑を押しのけていく人が多かったのかもしれない。欧米では歓迎される国民性なのだろうけど、日本人視点では中国や韓国の人の話し方や主張の強さには驚くことが多い。韓国人ながら控えめな性格の店主は、そういうコミュニティに馴染めなかったタイプなのだと言う。協調性が美徳とされる日本でも尖った奴は海外に出るように、その逆もあり、それはそれで当たり前のことなのだろうと感じた。
学年に数人いる宗教家庭の子も、むしろ非宗教家庭の子と過ごす時間は苦痛なのかもしれない。決してカルト宗教を擁護するわけではないが、子供たちに辛い思いをさせてしまう宗教や社会が悪いというのを忘れてはならない。救済措置がなされることを願うしかない。問題解決のためには、根本原因を取り除かなければならないというたとえに「釜底抽薪《ふていちゅうしん》」があるが、大きな社会問題となった今、本質的な改善に期待したいと思う。
私の勤務先は本社機能が東京に移って20年足らずの大阪発祥の会社だ。社内にも関西弁の人が沢山おり、特に自分の部署は職人気質の人が多く語感の強さに多少ビビっているのだが、飛び込んだ以上は気圧されないようにしなくてはならない。全てを真に受けるのではなく、時に聞き流すことも大切だと先輩社員は教えてくれる。私はお酒は苦手だが、同じような飲酒量の人とつるむのが良いと思うようにもなった。
この晩餐で明確な答えは無いのだけど、組織の中でどう生きるか、または飛び出してみるか。根本原因の解決が難しいならば、自己を存在を客観視しながら居心地の良い所へ行くのも現代の移動民族の特徴的な行動なのかもしれない。「無手勝流《むてかつりゅう》」といって無益な争いを避け、武器を使わずに策略で相手に勝つという言葉もある。それはそれで賢いのだと思う。
少なくとも韓国人対する認識が少し変わった、控えめタイプな人もいるんだなと。イードンマッコリのように、すーっとする口溶けの話し方の人だった。
余談
お酒が苦手で普段は人前では飲まないのだけど、一人のときは少し飲む練習をしている。焼酎を「美酢」で割ったビネガー酒とともにさっぱりと肉をたいらげ、締めのマッコリをどれにするか悩んでいた。①ソウルマッコリ ②黒豆マッコリ ③イードンマッコリ の3択。
酒に詳しくないことを断ったうえで、それぞれの試飲をさせてもらうことになった。するとその店主は流暢な日本語でそれらの特徴を教えてくれた。訊くとマッコリの人気低迷があったとき、若者向けに炭酸を入れて清涼飲料水のようなドライな飲み心地に改良したのがソウルマッコリなのだという。逆にイードンとはマッコリ発祥の地名「二東」であり、ソウルマッコリと違って炭酸がなく、すーっとする口溶けのものだった。それならばと、オリジナルの後者を頼むことにしたのであった。
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