#19.以前のように
今日、回復期の病院から退院した方の初回のリハビリに入った。脳梗塞を発症し、左片麻痺の利用者だ。麻痺の程度は重く、上肢は殆ど動かない。下肢も膝がわずかに伸ばせる程度で足首は動かすことができずに装具を着用している。感覚も麻痺しており、麻痺側の足は殆ど触られている感覚は残っていない。加えて身体失認という自分の身体を認識しにくいといった脳の後遺症もあった。
「何かリハビリに対してのご要望はありますか?」
『以前のように歩けるようにしてほしい』
この方は元大工で体格もよく物言いもハッキリしている。それだけに元に戻してほしいという熱意が痛いほどに伝わってきた。おそらくこれまでにも前の病院のスタッフや、ドクターからも今後の予後についての説明はあったかと思う。
私は経験から麻痺、感覚障害、高次脳機能障害(身体失認含む)といった機能的評価結果や、今での回復経緯を踏まえてなんとなくこの方の予後はわかっている。
おそらくこの方が思っている“以前の歩き”は難しい。それどころか、実用的に短い距離が歩けるかどうかといったレベル。
もちろんその後の努力では思いがけずに予想を上回る回復を見せるかたもいる。できる限り最大値に近づけてあげられるようフォローはしていくつもりだ。
在宅に帰り一番難しいことはまず、医療保険領域の治療から介護保険領域での支援に切り替わることの受け入れである。
治療は病気そのものへのアプローチであり、麻痺や感覚障害の改善など機能回復に重きを置く。
支援は生活を前提とした、今ある能力の活かし方に重きを置く。よって病院で、得た能力をいかに生活の中で活かしていくかを考えるフェーズへと移行しなければならない。
つまり、病気の回復にこだわるのではなく、病気を受け入れつつ、やりたいことを叶える方法を模索するのだ。
この方はまだ、医療的な関わりを求めている。こういった方は少なくないし、当たり前の考え方だと思う。しかし、いつまでもこの考え方だと回復の見込みがないことがわかった段階で、精神的に落ち込んでしまう。いつかは治療が支援に代われるよう、少しずつ話をしていこうと思う。その時までは、納得ができる日がくるまではこの方の目標は
【以前のように歩けるように】のままで。
※この物語はフィクションを含みます