あの夏の日
今年も暑い夏がやってきた
蝉が五月蝿いほど鳴いていて暑さが増す。
あの日と一緒だ。
◇◇◇
暑い夏の日に娘は生まれた。
蝉がうるさいほど鳴いていて音だけで暑さを感じる。
出産間近な大きなお腹を支えながら毎日の家事をしていた。
『あー暑い』
体が熱ってクラクラしてくる。
一休みしようとリビングのソファーに横になっていると
腹痛のような痛みがある
陣痛?お腹が張っているだけ?
初産の私にはその違いがわからなかったが
出産予定日までまだひと月ある。
少しゆっくりすれば治るだろう…
そう思い横になっていた。
昼が過ぎ夜になる頃貧血のような症状が起きた
なんだろ…?
そう思っていた矢先に生ぬるいものが流れてきた
急いでトイレへと駆け込み確かめると破水していた。
どうしよう…
緊急の時のことは決めてあった
それなのに頭は真っ白になりどうしていいかわからない
そりあえず夫へ連絡をした。
『もしもし、破水したみたいだから病院へ行きたいんだけど帰って来れる?』
慌てた様子の私に夫は冷静に
『急いで帰る。待っていられる?』
『待てないようならボードに貼ってあるタクシーに電話して
荷物は俺が持っていくから母子手帳だけ持って行って…』
夫の言葉で我に返り冷静になれた。
そうだ母親になるのだ。狼狽えてどうする!
『うん。わかった。先にタクシーで病院に行くね。後からきてね。』
そう告げるとタクシー会社へと連絡を入れた。
◇◇◇
出産
『あー破水していますね。これから入院してもらって出産の準備をしましょう。
予定日より早いですが、お子さんは充分育ってます。大丈夫ですよ。
さあーこれからですよ。頑張りましょう!』
医師に言われ少しほっとした。
いよいよだ!
自分に喝を入れる。
そうこうしていると夫が大きな荷物を持ってきてくれた。
『大丈夫?』
夫へ先ほど言われたことを告げると
『いよいよかあー』
と頷きながら言った。
陣痛は陣痛促進剤を打ち人工的に起こさせる。
きゅう〜っとお腹を締め付けける痛みから段々時間と共に痛みが増していく。
夫に腰をさすってもらいながら痛みに耐える。
母もこんな痛みを経験して私を産んでくれたのか…
そんなことを思いながら陣痛を堪えていると
いよいよ出産!
助産師さんが大きな声で
『さあー赤ちゃんを迎えますよ』
『いきんでー!』
この言葉を合図に必死に踏ん張る
母親教室には真面目に出席していたが
いざ本番となると想像以上で教科書通りにはいかない。
必死に言われた通りに従う。
『さあ〜いきむのやめて〜頭が出てきましたよ〜』
『オギャー!』
『はい。生まれましたよ〜元気な女の子ですよ〜』
はあ〜終わった。生まれた喜びよりも終わった喜びの方が大きかった。
◇◇◇
あれから10年
あの時の赤ちゃんは小学4年生になり
おしゃまで口達者で今日もパパをタジタジにしている。
そんな微笑ましい姿を見ながら
私が去っても…
二人なら仲良く暮らしていける。
そんなことを思っていた。
私はもうすぐここを去る
仕事にかまけ育児を言い訳にしここ数年人間ドックをサボっていた。
体調が悪くなり夫に促され病院へと行ったが時すでに遅かった。
夫に診断結果を報告したとき
娘を出産したときのことを思い出していた。
あの時も冷静で優しい口調で話をしてくれていた。
今回も取り乱すことなく冷静に話をしてくれた。
『ママ、精一杯生きよう!今はこれしか言えない。
でも辛かったら泣いても叫んでもいいんだよ。僕たちはずっと家族だ。』
私は初めて泣いた
夫に申し訳なく娘にも…本当にごめんなさい。
何故こんな事に…自分が招いた結果だ。
もっと娘の成長が見たかった。
どんな大人になり、どんな男性と巡り逢い結婚するのか
孫はどんな子か…想像は膨らむ
でももう叶わない
私がいなくなった時泣いて悲しむであろう二人に
どんなに幸せだったか残したいと思った。
ずっと悲しまず笑顔で前に進んで欲しいから…
パパへ 天使ちゃんへ
私は貴方と出会いこんなに可愛い娘と出会えた。
本当に楽しい人生だった。
少し短い時間だったけど凄く幸せでした。
天国から二人のことは見守っているからね。
いつまでも幸せに…
本当にありがとう。
沢山伝えたいことはあるけど
言葉が出てこない。
口べたな私の最初で最後の家族へ宛てたラブレター
愛する家族へ
また逢う日まで…
前を歩いてくれるだろうか…
見守っているよ
だから笑顔で…さよならを…
◇◇◇
あとがき
この小説にはモデルがいます。
子煩悩で誰よりも家族思いで最後まで闘った人
枝豆を見ると彼女のことを思い出す。
『沢山採れたから食べて』
と満遍な笑顔でお裾分けしてくれた。
そんな彼女はもういない。
あの世で彼女に会ったら伝えたい。
『貴方のお子さんは立派に育ったよ
心配だったでしょ?全然大丈夫だったよ。』
と貴方はきっと笑顔で
『本当にね〜』
と言うことでしょうね