光の海に飛び込んで 〜 Close in the Distance.【FF14 二次創作】
――夢に見る景色があった。
スポットライトに照らされた舞台に、わらわは立っている。ライトの外は、薄く煙る暗闇。
わらわが足を踏み出すと、周囲の暗闇に光が灯る。暗闇の中にゆらめく、無数の小さな光。小さな光たちは、わらわの踊りに呼応するように揺れる。色を変え、テンポを変え、ときに聞き入るようにゆっくりと、ときに煽るように激しく。
光は、踊りだけでなく、音楽にも合わせて揺れた。
そう――音楽があった。わらわの旅には、戦いには、いつも音楽があった。
戦場で吟遊詩人が奏でる戦歌ではない。街角で冒険者が披露する演奏でも、酒場の流行歌でもない。わらわにしか聞こえない音楽。
新生したようなあの旅の始まりにも。
蒼天を取り戻したあの日にも。
紅蓮の火花を散らしたあの地にも。
漆黒の意志を貫いたあの戦いにも。
音楽はずっとあった。
わらわは、それに併せて躍るのだ。
音楽、そして光。それがわらわの旅路を彩っていた。
それを告げると、皆は様々なことを言った。曰く、その光はいずれ還る星海の光だと。曰く、その音楽は遍く満ちるエーテルの調べだと。
違う、とわらわは思っていた。
光は、わらわが、『光の戦士』が、照らし、灼き、拓いた地平に漂う、世界の火花である。音楽は、赫々たるわらわのあゆみが慣らす靴音であると。
世界を救うわらわが、光も音も、生み出しているのだと。
だが。それは違ったのだ。
終焉を謳う歌鳥たちとの戦い。その最後の舞台に向かう道を作るために、わらわの仲間たちは……暁の血盟の皆は、絶望の渦に飲まれていった。
彼らなら、彼女らなら、絶望に相対しても無事に帰ってきてくれる。そう思ってはいる。確信している。
でも、果ての宇宙は、1人で歩むには寒すぎる。
七色に輝く階段に足をかける。愛用のサンダルも、自慢の爪も、度重なる戦いでぼろぼろだ。尾も髭も垂れ、毛皮はしなびて、足取りは重い。体力は限界だった。
「だめよ……わらわは、『光の』……あの人の意志を継いで、踏み越えてここまで来たのだから」
開いた口から出た言葉は、あまりに弱々しかった。それしか聞こえない。音楽は聞こえない。わらわの光は、果ての宇宙にまでは届かないのだろうか。
意識が遠のく。『超える力』の感覚か、あるいは、単に体が心に追いつかなくなったか。
――夢に見る景色があった。
スポットライトに照らされた舞台の上。わらわは膝をつき、いまにもくずおれそうな軀を支えている。
――もう踊れない。
踊れない踊り子は、舞台には必要ない。照明が落ちる。暗闇だ。
「 ――ッ!」
暗闇から声がする。遠くかすかな声。張り上げている、誰かの声。赤色の光がともり、激しく揺れる。誰だろう。暁の者ではない。耳を立てる。
「 ――、ロスガルさん!」
「姉ちゃん!」
「踊り子さん!」
「姫!」
「毛玉娘ーーッ!」
なんという無礼な呼び方だ。氏族の姫であるわらわに。でも、覚えのある呼ばれ方だった。
皆、いつか出会った冒険者たちだ。
「稀なる強者」としてあの戦いを共に超えた者たちだけではない。魔法都市の廃墟や、工場や塔をともに攻略した者たち。様々なダンジョンで、守り手や癒し手としてわらわを支えてくれた者、共に戦った者。戯れに訪れた歓楽施設で卓を共にした者。ただ海都のエーテライト前で話しただけの者まで。
それぞれが、思い思いの色の光を灯して、声を張り上げていた。
「そうか、お前たちだったのか、その『光』は」
わらわは呟く。答えるように、暗闇に無数の『光』が激しく揺れる。赤、青、黄色。ステージを囲む星の海。果ての空の冷たい光ではない、あたたかで、でも劇しい光の海。
「わらわだけでは、ないのだな」
さあっ、と光が揺れ、声が湧き上がって暗闇を満たした。
わらわは、床に爪を立て、軀を支えて立ち上がる。力が満ちていく。爪の先から、尾や耳の先、毛の一本一本に至るまで。
これは、天から降る力でも、地より昇る力でもない。人の裡からあふれる力だ。
スポットライトが再び、わらわを照らし出す。音が聞こえた。ギターを軽くかき鳴らす音が、背後から。
直感で分かった。この者たちが、わらわにだけ聞こえる音楽を奏でていたのだと。
わらわと、数多の『光』、そして始原たる音楽の源。わらわの旅路が輝いていたのは、その全てが揃っていたからなのだ。
――もう一度、歌ってくれるか」
わらわが尋ねると、ギターを携えた小柄な影が頷いた気がした。
もう、大丈夫。わらわは、進めます。皆となら。
わらわは円刃を携え、冷たい宇宙にかかる階に、踏み出す。前へ。踊り子らしく胸を張って、美しい姿勢で。
すう、とブレスの音が聞こえて。
冷たい宇宙に、歌が満ちた。
【 光の海に飛び込んで 〜 Close in the Distance. 】