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惑星〈ほし〉のメリークリスマス(#パルプアドベントカレンダー2020)

※ライオンマスクからのお知らせ※
この記事は課金記事となっていますが、本編は無料で全て読めます。おたのしみください。

惑星〈ほし〉のメリークリスマス(本編)

■2020年12月24日 日本・東京 23:56■

時刻はまもなく24時になり、イブからクリスマス当日になる頃。東京スカイツリーから見下ろす景色は、地上を覆う赤や緑の陽気なイルミネーションが生活の明かりに同化し、普段と変わらないように見える。
「ジェフはよくやったよ。ゲイツも、ジョブズも……あいつは少し早く死にすぎたけど」
展望台の上、高高度の風が吹き荒ぶ中、赤い軍用トレンチコートを身に纏った屈強な男が、白く巨大なPVC袋から、長大な何かを取り出す。
「みんな、みんなよくやった。だったら私が、最後にうまくやらないわけにはいかないな」
いたずらっぽい笑みで、男は白い髭をまとった口元は楽しげに歪んだ。
取り出したものは、夜の闇と同じ黒い金属の筒。見ようによっては、巨大な煙突のようにも見える。
男はそれを、夜空に向かって構える。さながらバズーカのように、逞しい肩に一端を乗せて。
「メリークリスマス、みんな。メリークリスマス、人類。メリークリスマス」
その視線と煙突の仰角の向いた先には、巨大な金色の光があった。月の隣、まさしく今、地上に落ちてこようとしている、死の光が。
「アンド、ハッピーニューイヤー」

■303年12月24日 ローマ帝国・ローマ 12:00■

ローマ帝国、大闘技場コロッセオ!
白昼の晴天のもと、そこは異様な熱気と静寂に包まれていた。
これから、大主教ニコラウス公開処刑が始まるのだ。

処刑の見物はローマ市民にとってありふれた娯楽の一つだったが、今回は事情が違う。
皇帝にしてユピテル神の化身、ディオクレティアヌス帝。彼の推し進める皇帝崇拝政策を妨げる者として、多くの『邪教徒』がこのコロッセオで処刑されてきた。
『邪教徒』の迫害については市民や兵士の中にも反感を持つものが多くいるが、皇帝直々に申し渡された処刑に異を唱えようものなら、次は自分がどうなるかわかったものではない。
ローマ市民たちも、常ならば屈託なく罵声や声援を送るのだが、今回の処刑は複雑な気持ちを抑え込んでいる者も多いのだった。
ましてや、あの大主教!奇跡の力を振るう聖人!
そんな男を、処刑することなどできるのか。あるいは、皇帝の宣うように奇跡などまやかしの邪法で、あっけなくそのまま殺されてしまうのか。
太陽が中天に差し掛かり、刑吏が開始を告げる。

大闘技場の一方には、檻から放たれた獰猛なライオンの群れ。血に飢えた肉食獣は完全に人間の肉の味を覚えている。毛皮の下の筋肉をうごめかせ、じりじりと闘技場のもう一方に進んでいく。もはやそこにいるのは、彼らの獲物でしかない。
対するは、大主教ニコラウス。真っ白な法衣を身にまとい、これから説法でもするかのように佇んでいる。いくら彼の体躯が隆としたものであっても、彼我の力の差は歴然だった。
「うぉーっ!!やっちまえ!!」
静寂を貫く声、それは獅子と聖者のどちらを応援するものであったか。その瞬間、ライオンたちがいっせいにニコラウスにとびかかり、コロッセオに歓声と怒号が爆発した!
牙をむき三方から同時にとびかかるライオン。百獣の王の狩猟陣形!そしてニコラウスの背後には壁。もはや絶体絶命か。
その時。
起こり得ざることが起こった。
「グギャンッ!!」
獰猛な獣たちが、同時に鼻先を何かに弾かれ、体を捻り悶絶!まるで見えない壁に弾かれているように、ライオンの突撃は阻まれ続ける!
ニコラウスは微動だにしていない。哀れみのこもった目で、襲い来る獣をただ見つめるのみ。そして次にその視線は、コロッセオの最上段を見上げた。

「ええい、なんの奇跡だというのだ!」
コロッセオを最上段から見下ろすのは、ディオクレティアヌス帝その人。一向に八つ裂きにならぬ聖者の様子にいらだちを隠せずにいる。
このままでは、クリスマスに処刑をあてて見せしめにする計画が台無しだ。
皇帝の傍らには鎖に縛られた『邪教』の信徒たち。ニコラウスの無事に、祈りを捧げている。
「恐れながら、皇帝陛下」
その中の一人、最も年かさの信徒が口を開いた。
「ニコラウス様は、いまだなんの奇跡も行使しておりません」
「嘘をつくな、邪教徒め!」
皇帝はそうは言いながらも、ユピテル神の化身を自称する者として、それが真実であることはわかっていた。奇跡が起こる時、そこには必ず超常の光があるからだ。自らがユピテルの権能を振るう時も同様だ。
「ニコラウス様は、人であれ獣であれ、その命をただ奪うために奇跡を起こしません。同じ超常の力を持つ者であっても、それが皇帝陛下とニコラウス様の違いです。それとも、ニコラウス様が奇跡の力をお持ちであると、お認めになるのですか?」
「もうよい、黙れ!邪教徒め、確実に処刑してくれるッ!」
ディオクレティアヌス帝の瞳が怪しく輝く。その視線の先には倒れ伏そうとしているライオンたちがいた。

ライオンたちはニコラウスにとびかかり続け、弾かれつづけて疲弊し、すでに戦意を失いつつあった。ただ一人の人間相手に、人食い獅子たちは後ずさっていく。観客たちは処刑が見られず怒る者、聖者の処刑が回避されそうで安堵する者、様々であった。
しかし!晴天を割り裂きとどろく一筋の稲妻!それが獅子たちに直撃すると、狂ったようにふたたびニコラウスに躍りかかる!
――『邪教徒め、このままむごたらしく獣の餌となるがよい!』
ニコラウスの耳にそのような怨念めいた言葉が届いたか――彼は、正気を失い本能に反した行動をとらされるライオンを哀れみ、そして。

わずかにその口元が動き、聖句を唱えた瞬間、光の矢が雨と降り注ぎ、獅子の群れを空中に縫い留めた!

「かわいそうに。もはやこうするしかないのだ」
祈りを束ね、光として放つ。その鏃はあやまたず獅子たちの心臓を穿ち、最小限の苦痛で命を奪った。
このまま彼を殺せなければ獅子は処分される。皇帝の異常な力は命を消耗させ、遠からず苦しんで死ぬ。光の矢は、ニコラウスの行使した奇跡であり、慈悲の心だった。
目の前で繰り広げられた本物の奇跡に、観客のローマ市民たちは静まり返り……そして歓声をあげた。

これによって――かは、歴史の闇に葬られわかり得ないが、ディオクレティアヌス帝の皇帝信仰政策は完全に失敗する。

ニコラウスの白い衣とひげに、獅子の赤い血が数滴、ぽとりと落ちた。

■2020年12月24日 日本・長崎 7:18■

「えー、じゃあ皆に、クリスマスの贈り物と、サンタクロースの由来についてお話しましょう」
長崎、浦上天主堂。クリスマスをひかえた日の朝、ミサに訪れた子供たちの前に立っていたのは、白い髭に赤いコート……自らサンタクロースと名乗る男だった。
「ねえ、あのおじさん誰?」
「知らない。神父様の仮装じゃない?」
「いや、神父様後ろで見てるよ」
わくわくした顔で白い髭の男性を見上げる幼い子供たちと違い、『椎名ヒカリ』『椎名イノリ』の姉妹はもう小学6年生だったので、少し冷めた目で見ていた。
「外人っぽい。けっこうイケメンかも」
「年上すぎでしょ。あとガタイよすぎ」
こそこそと話す二人は、演壇に上っているサンタと目が合い微笑まれ、姿勢をとりつくろう。
「ちょっと退屈な話かもしれないが、今日という日にたまたまここに居合わせたのも、神様のお導きと思って。少しの間、聞いておきなさいね」
二人は気まずそうにうなずき、サンタクロースが話始めると互いに肘で小突いた。

「その昔……だいたい今から1700年ぐらい前のことです。
ヨーロッパのとある村に、三人の娘とその両親がすんでいました。
しかし、一家はまずしく、いよいよ娘たちを身売りするしかないと、たいへん悲しんでおりました。
その年のクリスマスの、真夜中のこと。
大主教……教会のえらい人です……その大主教のニコラウスという男がその村を訪れ、家族のことを知りました。
ニコラウスは一家をかわいそうに思い、真夜中にこっそり窓から金貨を投げ入れました。
このとき暖炉には靴下が下げられていており、金貨は窓から、ひゅうっ、すぽっ、とその中に入りました。
その金貨のおかげで、娘たちは身売りしなくてもよくなり、一家はしあわせなクリスマスを過ごしました。
これが、クリスマスの贈り物のはじまりです。
そして、その金貨を投げ入れた、聖人のニコラウス……セント・ニコラウスが『サンタクロース』となって、トナカイのそりで贈り物を届けるサンタクロース、として皆さんに知られるようになったのです」

サンタクロースはここまで話し終えると、一息ついて子どもたちを見まわした。
「もちろん、このお話が実際にあったことなのか……それは今のみなさんにはわからないことでしょう。だいたい、ニコラウスという男は、皆さんの知るサンタクロースのおじいさんのように恰幅のいい老人ではなく、意外と筋肉ムキムキのマッチョだったという説もあります」
サンタクロースが少しおどけてポーズをとってみせると、幼い子供たちはきゃあきゃあと笑った。
「それに、大きいみなさんは、『サンタクロースなんていないんだ』と思っている人もいるかもしれません。でも、サンタクロースがいるとかいないとか、どんなおじいさんだとかは、大事なことではありません」
冬の朝日が、ステンドグラス越しに教会の中を照らす。
「大事なのは、みなさんに届けられるプレゼントは……それがサンタクロースからであっても、家族や友達や、他の人であっても……あなたに幸せになってほしくて、贈られたものだということです。そのことをどうか、覚えていてくださいね」
不思議な優しい響きを持った言葉に、いつのまにか子どもたちは聞き入っていた。そこに突如、スマホのアラーム音が鳴り響く。
「誰ですか、マナーモードにしておきなさい……と、私だった。やれやれ、四郎の墓参りだけして出発するつもりだったんだけどな。では、飛行機の時間なので失礼!メリークリスマス!
誰かが「橇じゃないのかよ!」と言って笑い、つられてみんなが笑って、その声でサンタクロースは送り出されていった。
「サンタクロースさん、これからどこに行くの?」
妹のイノリは、彼にスマホのカメラを向けて撮影しながら聞いた。
「世界中の子供たち……と言いたいところだけど、今年は違うんだ」
サンタクロースはかがみこんで、髭に覆われた口に人差し指を立てながら言う。
「東京。今夜、おっきなクリスマスツリーを立てるんだ。みんなにも見えるようなね」

■2000年12月24日 国際宇宙ステーション 8:44■

「星が落ちてくる夢を見たんだ」
起床したシェパードが目をこすりながら言った。
「よしてくれ、縁起でもない。スペースデブリでもぶつかってくるって言うのか?」
すでに起きて定時通信の準備をしていたクリカレフがそれを茶化す。
「よくわからないんだ、なんせ夢だからね……クリスマスの夜で、遠くから金色の星が降ってくるんだ。それで……」
「心労がたまっているのか」
ギジェンコが心配そうな顔で聞く。シェパードを首をひねった。
「自分ではそうは思わないが……まあ、こんな状況だからな。やっぱりストレスはあるだろう」
地表から約400キロメートル。漆黒の宇宙空間に浮かぶ国際宇宙ステーションには、アメリカ人のシェパード、そしてロシア人のギジェンコ、クリカレフの三人がいた。10月末からここに滞在しており、はじめての長期滞在者である彼らは、当然ここでクリスマスと年越しを過ごす最初の人類になる。
「私達はチームだ。まだ3ヶ月ある。乗り越えよう」
「そうだな、ありがとう」
定時通信の準備が整う。窓の向こうには、巨大な月が迫っていた。
地上との通信がつながる。
『こちらヒューストン。定時通信の前に、君たちに重大な任務を伝える』
通信機の向こうの声はいつもと違うものだった。3人に緊張が走る。
「こちらISSのシェパード。どういうことですか」
リーダーのシェパードが急いで聞き返す。様々な可能性が彼の頭を去来した。
通信をギジェンコに確認させたが、正常にヒューストンとつながっているようだ。ということは、これは本当に『重大な任務』ということになる。
『詳細は、すでに文書にしてある。任務に使用するものと共に、ISS内のこれから示す場所に極秘裏に格納されているため、確認されたし』
「使用するもの?」クリカレフが聞き返す。「このISSには、1グラムたりとも俺たち宇宙飛行士の知らないものは存在しないはずだが」
『誰も知らない。実際にそれを格納した私以外は。各部門で、パーツで、数グラムずつ軽量化に成功して作った場所に入れたものだ。それを行った技術者たちですら、その隙間に何が入ったのかを知らない』
「待ってくれ、あなたは何者なんだ」
シェパードは通信先の人物に問いただした。数秒の通信ラグがあり、そして答えが返ってきた。
『私はニコラウス。かつてはミラ・リキヤの大主教奇蹟者、聖ニコライ。それとも、今日に限ってはこう名乗るほうが適切かもしれないな』
通信の向こうで軽くその男が笑うのを、3人は感じた。
『私はサンタクロース。HOHOHO!メリークリスマス!

■2020年12月24日 日本・東京 16:29■

「あー!!クッソ!リア充滅びろーー!!」
一昔前の恨み言を言いながら、渋谷の街を自転車で疾走する若い女。快活そうな浅黒い肌。短い髪は風に煽られ乱れている。背中にはウーバーイーツの大きな箱型リュックサックを背負い、その中にはあたたかいチキンの丸焼きが入っている。
名前を『市川のえる』といい、名前に反してクリスマスにあまり良い思い出はなかった。特に今年は最悪。
高校卒業を機に一念発起して田舎から上京してきたものの、就職先が見つからず、陸上で鍛えた脚力を生かしてウーバー配達員をしながら大学生の彼氏を作ってその部屋に居候していたのが、つい先日フラれ、部屋を追い出された。つまり、東京の人混みの中にはよくいる人間の一人だった。
真冬に自転車を走らせれば耳や手はちぎれそうなほどこごえ、冷たい心と財布をよりいっそうみじめにするようだった。
鬼気迫る表情でペダルをこいでいると、渋谷の喧騒を抜け高層マンションが立ち並ぶ洒落た地域にさしかかり、配達先がこのあたりであることがわかる。スマホの画面に目を落とした瞬間、視界に赤いものが飛び込んできて、のえるはとっさにブレーキをかけた。
「ウギャーッ!」
若い子女にあるまじき声をあげながら制動をかけ背中のチキンを守る女。そして赤いものが真っ赤ないかついコートを着たマッチョの親父であることがわかる。
「あ、そ、ソーリー」
「いや、私が悪かった」
外国人らしきマッチョ親父は、流暢な日本語でのえるに頭を下げた。顔が見えれば、白いヒゲをたくわえていることがわかる。
「……サンタ?」
通俗的なイメージとは若干離れているが、要素の組み合わせはまさしくサンタクロースだった。白くてデカい袋も持っている。この時期にそんな外国人を見かければ、誰だってそう思うだろう。
「あたりだ。メリークリスマス
いたずらっぽく笑いながら、持っていた袋から何かを取り出そうとする自称サンタクロースに、のえるは不審がるより先に胸が一気にときめいた。まさか、プレゼント?!
「『鬼滅の刃』のコラボ缶コーヒー。無惨がダブったからあげるよ。」
「よりにもよって無惨かよ!ありがとうございます!」前半は心の中で叫んだつもりが、しっかりと口から出ている。
やりとりしているうちにちょうど歩行者信号は赤になり、幅の広い道路を車が行き交っていた。男は軽く白い息を吐いて、のえるに話しかけてきた。
「クリスマスイブまで働いて、日本の若者は偉いな」
のえるはコーヒーで頬を温めながら答える。
「どうせ予定もないし。クソ寒いし早く帰りたいけどね」
「でも、わざわざやってるんだろ?チキンを届けに、この寒い中」
「まあ、ほら……たぶん小さい子供とか、待ってるから。やっぱり届けて喜んでもらえるとうれしいし」
のえるは鼻をすすった。自動車側の信号が、黄色から赤に変わる。
「じゃあ、君もサンタクロースだ。しっかりね、同業者さん」
歩行者信号が青に変わると、男は袋をかついで足早に駆け出していった。
「ああ、うん。コーヒーどうも」
「足りないよ!」
「え?」
のえるが聞き返すと、男は背中越しに手を振り、
「メリークリスマス!」と言った。
「メリークリスマス!」のえるは返す。
その真っ赤な背が遠のいていくのを見届けてから、ぐっとペダルを踏み込んだ。
なんとなく楽しくなって、『ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU』のでたらめな鼻歌を歌いながら、のえるは再び走り出す。
「そういえばあのサンタ、めちゃくちゃ日本語上手だったな。なんでだろ」

■天正六年 師走二十四日 日本・豊後の国 申の刻■

「のうザビエル。俺は今日、天から星の落ちてくる夢を見たのだ」
豊後の大名・大友宗麟は、フランシスコ・ザビエルにそう言った。師走二十四日のことである。
「今日だけではない。洗礼を受けてからというもの、毎年この時期になると必ず見る。天に金色の星があり、それが落ちてきて……いつもそこで夢から覚める。易者に占わせても言うことはばらばらで、どうにも信用ならん。心当たりはないか」
冬の日はすでにだいぶ傾き、城の天守に差し込む光は橙色だ。
ザビエルはたくわえた白い髭をなで、正座に慣れない屈強な体を揺すりながら答える。
「この時期に必ず見る、ということであれば、クリスマスに関連するものかもしれませんな」
「クリスマス……降誕祭のことか」
「はい。私の国ではその日は皆で教会に行き、礼拝を行い……家族で過ごし、贈り物をするのです」
「ほう、贈り物?」
宗麟は興味深げに体を乗り出した。城下にはかなり教会も何件かでき、領民の中にも改宗する者も多くなってきたところだった。しかし、降誕祭を祝う風習は広まりきっておらず、当然休日となるわけもない。
「私の国では『サンタクロース』という老爺が、各家に贈り物を配り歩くとされており、子どもたちは大きな靴下……足袋のようなものを吊り下げて眠りにつき、二十五日を楽しみに待つのです」
「三太九郎に、足袋の中に贈り物……ずいぶん奇妙な風習だのう。何か謂れがあるのか?」
「ええ、ではお話しましょう」
ザビエルは座りなおして、一呼吸おいてからクリスマスの謂れを語りだした。

宗麟は彼の話をひととおり聞くと、彼の語り口に関心した様子で言った。
「なるほどのう。して、その降誕祭やサンタクロースが、俺の夢とどんな関係がある?」
「あなたは『トナカイ』なのです」
ザビエルは立ち上がり、宗麟の手をとった。
「ザビエルというのは、イエズス会に所属するための仮の名前。私の本名はニコラウス。先程お話したのは、私の話です」
「冗談を言うでない!千二百年前と、自分で言っていたではないか」
「では証拠をお見せしましょう」
ザビエル、否、ニコラウスは懐から数枚の硬貨を取り出した。外はすでに日が陰り、天守の下に見える練兵場や庭園には濃い影が落ちていた。
「先程の話ですが、なぜニコラウスは真夜中、誰にも見つかることなく、小さな靴下に金貨を投げ入れることができたと思いますか?」
宗麟の答えを待つことなく、ニコラウスは天守の窓際に立ち、そして……。
風を切る音が三つ。木の砕けるような音が一つ。そして、金属どうしがぶつかる音が二つ。
「……それは、私がこのように、投擲が他の者より、少しばかり得意だったからです」
宗麟に遠眼鏡を手渡すニコラウス。あわててそれを受け取り覗いた彼の視界には、はるか階下の練兵場の的に、継ぎ矢のごとく三つ、寸分たがわず同位置にめりこんだ硬貨があった。

――それはかつて、コロッセオにて石ころや骨片や歯を弾丸のように指弾し、襲い掛かるライオンたちの急所に当て続け、退け続けた神業であった。
巡礼や布教を繰り返すニコラウスが、自らに害なすものであっても、できるだけ傷つけず無力化するために、磨き上げた技術であった。――

「信じてもらえたかい?」
ニコラウスはいたずらっぽく笑った。
「あ、ああ……ニコラウス様……」
宗麟は身につけていた十字架を握り、彼の前に跪く。目の前にいるのは、まぎれもない聖人、その本人なのだ。
「大友宗麟。あなたは、星の落ちる夢を見た。あなたにも『トナカイ』としての使命があるんだ」
ふたたびニコラウスは宗麟の手を取る。
「この日本に、キリストの教えを。そしてクリスマスを広めること。それが、『トナカイ』としてのあなたの役目だ」

■2020年12月24日 日本・東京 12:50■

「えー?クリスマスだよ?いつものジョナサン?」
「いいじゃん、夜はチキン頼んであるし、ママがケーキ買って帰ってくるよ」
都内のファミリーレストラン。フリーランスのライター『稲垣聖也』は、幼い娘の『梨沙』とともに着席した。店内には軽快なクリスマスソングが流れ、どことなく浮ついたムードだ。
「リサ、ママもいっしょがよかった」
「お仕事だからね」
「クリスマスがまいとしお休みならいいのに。学校はお休みだよ?なんでクリスマスは24日なの?」
「なんでだっけなあ。たしか神様の誕生日じゃなかったっけ?」
聖也はうろ覚えで梨沙の疑問に答えた。そんなような曲があった気がしたからだ。
「それは正確じゃないな。降誕の日付はどこにも明確に書いてはいないんだ」
聖也たちの後ろの席から、そんな言葉が聞こえる。
「あ!サンタさんだ!」
梨沙が席にひざをついて、その声の主を見つけた。真っ赤なトレンチコートに白い髭の外国人。この日にそんな男を見かければ、サンタだと思うのも無理はないだろう。
メリークリスマス、リサちゃん」
「すごい!なんでリサの名前知ってるの?」
「サンタだからね」
「ねえプレゼントちょうだい!」
「いいとも。ほら、たまごっちだよ」
「……?なにこれ?『鬼滅の刃』のマンガは?」
「こらこら」
聖也は梨沙を座らせ、サンタと名乗った外国人に軽く頭を下げた。
「娘がすみません」
「いえいえ。声をかけたはこちらだから」
梨沙にたまごっちを返させようとしたが、彼が固辞したのでそのままにした。娘は不思議そうにそれでしばらく遊んでいた。
「神父様ですか?随分日本語がお上手ですね」
ライターとしての好奇心が、聖也につい質問させた。サンタはいたずらっぽく笑って、「まあ、そのようなものだよ」と答えた。ずいぶんとガタイが良いサンタもいたものだ、と内心聖也はつぶやいた。
「実際のところ、降誕を祝う日ということで12月25日が設定されているだけなんだ。なんなら別に26日でも、24日でもよかったんだろう。祝う気持ちが大事だからね」
「なるほど。神父様としては、やはり日本の商業主義的なクリスマスの過ごし方はよくないと?」
サンタは苦笑して首を横にふる。
「中にはそのように考える人もいるが、私はそうは思わないね。むしろ、宗教的な意味が絡まないからこそ、純粋に愛を語らったり、贈り物をしたりという気持ちが感じられて私は好きだ」
面白い神父だな、と聖也は思った。何かの記事のネタになるかもしれない。
「特に今年は特別なクリスマスだ。家族と楽しく過ごしてほしいね」
「あのねえ、梨沙のおうちツリーがないの。えんとつも」
たまごっちに飽きたらしい梨沙が会話に割り込んできた。
「そうなんだ。でも大丈夫、今晩サンタがとくべつ大きなツリーを届けてあげるよ」
「ほんと?!」
梨沙は喜んで椅子の上で跳ね回った。
「ええと、お気持ちはうれしいですが……」
「心配しないで。イルミネーションみたいなのをやるんです、今夜。ゲリラなんで他の人には内緒ね」
「なるほど、そういうことで」
聖也は合点がいった。おそらく彼のサンタぜんとした格好もそのためなのだろう。この時期にはスーパーから家電量販店から、あらゆるところでサンタを見かけるし。
「じゃあ、そろそろ私は行くよ。メリークリスマス
「お話ありがとうございました。メリークリスマス
サンタは白い袋を背負って、レストランをあとにしていく。
梨沙はサンタの言葉に、さっそく目を輝かせてツリーを楽しみにしていた。

■1903年12月24日 アメリカ・キティホーク 19:02■

星が落ちてくる夢。金色の光が、空を、地表を焼き尽くし――。
「兄さん、メリークリスマス!
「おわあっ!」
キャサリンが声をかけると、ウィルバーは椅子から崩れ落ちた。
「また居眠りしてたのかい、兄さん」
弟のオーヴィルも呆れ顔だ。
「無理もないよ。あんな大実験を成功させた後だもの。それなりに気も抜けるわ」
「まさにそれだよ。今日はこれから色んな人がお祝いにくるんだから、ちゃんとしないと」
「うん、そうだな……よし」
ウィルバーは床から体をおこし、ガレージの中心の機体を見つめる。先程まで、ライトフライヤー号の整備をしていたのだ。彼は弟のオーヴィル・ライトとともに、まさに先週世界初の有人動力飛行に成功したのだった。名前はウィルバー・ライト。
「新聞の記者も来るし、写真もとられるんだから、ちゃんとした服に着替えないと」
まだ作業着姿のウィルバーを、オーヴィルが急かす。
「失礼、ライト君たちはいるかい?」
「ほらもう来ちゃった!」
ガレージのほうからかかった声に、オーヴィルがあわてて対応する。しかし、それは新聞記者や親族、地元の支援者ではなかったし、ましてや彼らの営む自転車店の客でもなかった。
「ミスターニコラウス!来てくれたんですね」
ニコラウス。世界各地を旅する神父であり、彼らのことを支援してきた男だった。自分を聖人ニコラウスその人だと言っていたが、流石に兄弟はそれを信じてはいなかった。
白い髭に赤いコート、白いかばんを持った姿はサンタクロースにそっくりだったが、好々爺というにはいささか屈強だ。
「ちょっと前に日本から帰ってきてね。本当におめでとう。飛行実験の成功に立ち会えなくて残念だったよ」
兄弟とキャサリンと握手しながら、ニコラウスはライトフライヤー号を見て満足げにうなずいた。
「いえ、ミスターニコラウスや、他にもたくさんの方々の支援のおかげですから。今日はパーティに参加を?」
「いや、すまないがすぐにまた出発しないといけなくてね。ウィルバー、君が聞きたいと言っていたことについては、しっかり答えさせてもらうよ。直接私の口からでなくて悪いが」
そう言いながら彼が取り出したのは、電話機だった。
「プレゼントだ。なんと携帯できる電話機!」
「うそお!そんなのできてたの?!」
驚くキャサリンに、兄弟は顔を見合わせて笑った。もちろん電話機単体で通話ができるはずもなく、長い長いケーブルがガレージの外に続いているのだ。ウィルバーの知るニコラウスは、こういう冗談を好む男だ。
「では、私はもう行くから、あとは『彼』に聞いてくれ。メリークリスマス!
メリークリスマス、ミスターニコラウス!またお会いできるのを楽しみにしてます!」
あわただしく彼が出ていくと、置いていった電話機にすぐに着信があった。オーヴィルが受話器を取る。
メリークリスマス、ミスターライト!飛行実験成功おめでとう』
「ありがとうございます……失礼ですが、どちらさまで?」
オーヴィルは訝しんだ。まだニコラウスのいたずらは続いているのだろうか、と疑っているようだった。
『わからないかね?君が今話しているものを作った男だよ!』
「……もしかして、ベ」
『エジソン!トーマス・アルバ・エジソンだ!発明王、メンロパークの魔術師、そして君たちと同じ『トナカイ』だよ!』
電話口から隣で聞いていたウィルバーまで届くほどの大声。兄弟は二重の驚きで飛び上がった。
「ミスターエジソン!お話できて光栄です!!」
『そうだろうそうだろう。そして光栄なる僕はせっかくだが時間が惜しいので手短に話すよ。君たちがニコラウスに聞いていた『トナカイ』とは何か、についてね』
エジソンは早口でまくしたてる。兄弟はニコラウスに『トナカイ』であると告げられ、それを理由に支援を受けてきたのだが、その具体的な内容ははぐらかされっぱなしだったのだ。
『いいかい、君たちは有人飛行実験の成功で、明確に世界を変えたんだ。これからは飛行機の時代になる!あらゆるものがもっと速く!もっと遠くまで!運べるようになるんだ。僕の電球も、この電話もそうだ、世界を変えた!』
「そこまで言っていただけると恐縮ですが、それがなぜ『トナカイ』に?」
ウィルバーが受話器をかわり、エジソンに質問する。
『わからないかね?僕には明確にわかったがね。そうやって発明されたものが、生み出された技術が、拓かれた道が、航路が、世界中に贈り物を届けることを可能にするんだ。だから我々が世界中に贈り物を届けるようなものなんだよ!世界中の、誰かに何かを贈りたいと思う『サンタクロース』たちに、それを可能にする『トナカイ』!星の落ちる夢を見たときから、これは宿命づけられていたんだよ!君たちにも、僕にもね!』
衝撃という他なかった。ウィルバーはおもわず受話器を取り落しそうになる。
『おっと、早合点するなよミスターライト。それは明確に違う。飛行実験成功はまぎれもなく、一点の曇りなく明確に君たちの意志、君たちだけの偉業だ。もちろん僕の発明も!』
エジソンはウィルバーの思いを先回りして、幾分優しい声でそう言った。
『ニコラウスのいうことなんかくそったれだ!金をよこすから聞いてやったがね。神やら宿命やら、そんなもん関係ない!君は!自分で飛びたいと思ってやったんだろう!明確に自分の意志で!……だからそれが達成されるまで、ニコラウスは黙ってたんだと思うけどね』
ウィルバーの喉がつまる。頬には涙が流れていた。巨大すぎる真実と、そして憧れの先達から認められたことで感情が爆発していた。オーヴィルはそんな兄の背をさすりながら、受話器をかわった。
「ありがとうございます、ミスターエジソン。兄はあなたに憧れていたので……それで、僕らとミスターエジソンが見ていた、星の落ちる夢。『トナカイ』の証というなら、あれは一体なんなのでしょう?」
『君もなかなかいい質問をする。僕の推測だが、あれはな、』
エジソンはそこで初めて、言葉を区切った。
『世界の終わりだ』

■2020年12月24日 日本・東京 23:37■

東京スカイツリーの展望台の上。誰からも目につくことのない高高度に、ニコラウスはいた。真っ赤な軍用トレンチコートをはためかせ、缶コーヒーを飲みながら、スマートフォンで通話している。
『へえ、じゃあエジソンはそこまで気がついていたっていうわけかい?ウェーバーの本が発表されるのはまだ先だろう?』
電話口の声は弾んでいた。
「ああ、すごいのはそれだけじゃない。彼は『星の落ちる夢』がミーム的に拡散することまで気がついていたよ。1900年代初頭に!もっとも、その媒体までは想像がつかなかったようだけど」
スマホの画面に目をやると、日付が変わるまでそこまで時間は残されていなかった。コーヒーの残りをぐいと煽って、PVC袋に放り込む。
「君も十分すごいことをしたよ、ジェフ。正直、君がいなければ間に合わなかっただろう」
『何、全てはインターネットという偉大な発明があってこそだ。無数の名もなき『トナカイ』たちのおかげさ』
「もちろんそれもあるが、今ほど誰もが、なんでも、いつでも贈り物ができる時代はないだろう。ここ数年の『プレゼント』の集積は目をみはるものだった」
『それならよかった。じゃあ、そろそろだろう?ハッピーホリデーズ
「ああ、メリークリスマス
通話は切れた。最新の『トナカイ』との会話を終えたニコラウスは、深く長い息をつく。遠くの空に、金色の光が見え始めていた。
2020年、クリスマス。12月25日になる瞬間に、あの金色の光が――巨大なガンマ線バーストが地球を襲い、人類は滅亡する。すべては、2024年間すべてのクリスマスは、その運命を変えるために。

■紀元前4年12月24日 エルサレム 23:21■

「君も見たか、星の落ちる夢を」
「そしてここに呼ばれた。エルサレムに」
「会わねばならぬ。『あの御方』に」
年の瀬、しんと冷え込んだ中東の夜。人々は家で眠りにつき、普段と変わらぬ様子だ。なんでもないただの12月24日の深夜に出歩いている人間など、夜盗か夜逃げぐらいのものであった。
そんな中、歩き通しでいまにも折れそうな足をひきずって、三人の男がエルサレムにやってくる。東の土地で有数の占星術師(マゴイ)であった彼らは、同じ日・同じ時間に同じ夢を見て、導かれるようにここにやってきた。『あの御方』に会わなければならないと。その姿かたちも知らないまま。
そして彼らがもう一歩も歩けないと膝をついた時。
そこは厩だった。
厩に、疲れて眠る一人の女性と、飼い葉桶に寝かされた赤ん坊がいた。
その瞬間、啓示があった。

『よく来てくれた』

何者かが精神に直接語りかけてくる。その声音は忘我の心地であった。

『君たちが見たものは、

この星の終わりの光景である。

天から降る星が、2024の年の後この星を襲い、

すべての命は終わる。

それは私のもたらす終末ではない』

「おお……」「我らは……我らは何をすれば……」
マゴイたちは涙を流しながら、見えない何者かに頭を垂れる。

『君たちの役目は

偽りの終末たる2024年後のこの日に、

祈りのすべてを束ねること。

この日、12月25日を、我が降誕の祝の日として、

人の子に知らしめることである。

私は教える。私は導く。

その教えが、来る偽りの終末を打ち払い、

人々を神の国へと導くだろう。

人の子よ、教えを伝えよ。より多くの人の子に。

人の子よ、教えを運べ。より遠くの人の子に。

そして、あまねく人の子が、

2024年間、この日、祈りを捧げる〈クリスマス〉ようにせよ。

私の教えは、そのためにある』

0時を告げる鐘が響き、赤ん坊が泣き出す。
忘我の心地から目覚めた三人の博士は、同じくその声に目を覚ました女性にこう言った。

「わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」

■2000年12月24日 国際宇宙ステーション 9:10■

「……にわかには信じがたいことだな」
ギジェンコがつぶやく。いつもなら軽口の一つも叩いて混ぜっ返すクリカレフも、言葉を失っていた。国際宇宙ステーション内、図面にのっていない空間に治められていた記憶媒体には、CIAが解読した『エジソン・ノート』の抜粋、そして教会組織が継承してきた極秘文書がまとめられていた。
「つまり、12月25日、クリスマスが先にあって、それを特別な日として広めるために、救世主の降誕をその日に祝う宗教が立ち上げられたということか?馬鹿げている、そんな話が……」
シェパードは自分で言いながらも、その話の持つ信憑性に常識を揺らがせている。
「いや、ありえない話じゃない……何かの本で読んだことがある。宗教を含め思想や流行が広まっていく過程は、生物が自分の遺伝子を残し広がっていくのと似ているんだ。模倣子〈ミーム〉という考え方だ」
ギジェンコが画面を見ながら二人に話した。クリカレフがそれに食って掛かる。
「じゃあ何かい?遺伝子と同じく俺たちはその宗教の『乗り物』にすぎなかったってことかい?そのガンマ線バーストを防ぐための?」
「一種の共生関係とすら言えるだろう。マックス・ウェーバーの著作を引くまでもなく、宗教の広がりと人類文明の発展は不可分だ。グーテンベルグの活版印刷がベストセラーブックを作り出し、羅針盤は海を越えて宣教師を運ぶことを可能にした……シェパード、君の国そのものだって、まさしくその発展の一部だろう?」
シェパードはうなずき、そしてリーダーの役目を果たす。
「任務を完遂しよう。そして無事に地球に帰ろう。その時、あのサンタクロースとやらに聞けばいい」
他の二人もうなずく。クリカレフが肩をすくめた。
「しっかし、こんなもの月面において、どうするんだろうな?まさか、あいつがここまでプレゼントでも届けにくるのか?宇宙飛行士でもあるまいに」

■311年12月24日 トルコ・ミラ 21:45■

ニコラウスは夢を見なかった。眠ることなく、奇跡を起こす力を使い人々を助けたつづけた。
嵐を鎮め、裁判にかけられた無実の民を救い、死した無辜の民をよみがえらせ、争いを納め、迫害から信徒を守り、祈り、礼拝し、しかしそれでも全ての人は救えなかった。
ニコラウスはミラにいた。雨のふりしきる中、彼は泣き崩れていた。目の前には粗末な墓が無数にあり、その中の一つは昨年のクリスマスに彼が助けた娘たちのものだった。
どれだけ奇跡の力があろうと、それをもたらせる相手には限界がある。ニコラウスが他の者を救っている間に、娘たちは飢えと病で死んでいったのだった。
誰もニコラウスを責めなかった。娘を失った親たちでさえも、彼のおかげで最後まで幸せだったはずだと言って、涙を流して感謝した。
違う。違うのだ。

『ニコラウス』

啓示があった。

『お前はよくやっていた。

お前はよく人の子を救った。

たった数人救えなかったぐらいで、

お前の偉業も、奇跡の力も

誰も疑いはしない』

「去れ、悪魔め」
ニコラウスは虚空に手を振り払った。
「我が主がこの身に余る奇跡をもたらしたのは、戯れに気の向いた者のみを、目についた者のみを救うためではない!」

『なんたる高慢。

あまねく人の子を救うのは神の役割である。

しかし、恣に奇跡を振るうよりも己の無力さに気が付けたのは、

幸いである。

お前はなおも、高慢にも

あまねく人を救いたいと望むか』

「ああ、望むとも!」

『奇跡の力を失うとしても?

これから千年以上の時を、苦行の中に過ごすとしても?

その上で、お前の魂は燃え尽き、

永遠に神の国に招かれることはないとしても?』

「無論だッ!!」
ニコラウスを稲妻が貫いた。全身から血液が吹き出し、彼の白い衣を赤く染めた。

『ならば行け、ニコラウス。

その身に全ての祈り〈クリスマス〉を集め、

偽りの終末から救うのだ。

お前の望むように、人の子全てを』

そうしてニコラウスは、原初の『サンタクロース』になった。
死ぬことのない体を手に入れた。その代わりに、奇跡の力の「その日」まで全て封印され、赤い衣以外を身にまとうことを許されなくなった。死なないだけで、疲労や飢えや病は容赦なく彼を襲った。
教えを広め、『トナカイ』たちを支援し、文明を発展させ、クリスマスとサンタクロースの概念を世界にもたらしつづけた。1700年余りの間、休むことなく。
そして、その日がやってくる。

■2020年12月24日 日本・東京 23:56■

ずいぶんいろいろな人間に出会った、とニコラウスは思った。
教えに従うもの、教えを拒むもの、自分を信じるもの、信じないもの。成功したもの、失敗したもの。『トナカイ』も、そうでないものも。
『神』はこの1700年余のことを苦行と言ったが、自分はそう苦しくはなかった。もちろん辛い時もあったが、それよりも楽しかった。多くのクリスマスを過ごし、多くの人間と出会い、別れ、そして今に至る。それが本当に、楽しかったのだ。
「メリークリスマス、みんな。メリークリスマス、人類。メリークリスマス」
彼の視線と煙突の仰角の向いた先には、巨大な金色の光があった。月の隣、まさしく今、地上に落ちてこようとしている、死の光――地球を焼き尽くさんとするガンマ線バーストの光が。
「アンド、ハッピーニューイヤー」

■23:57■

宇宙から見れば、地球が光の繭に包まれたように見えただろう。
無数の白くあたたかい光が、世界中から飛び立ち、東京に集まる。
それは祈りの光だった。思いの輝きだった。
深夜の空は、ガンマ線バーストに負けないほどのまばゆい光に覆われた。

クリスマス。
それは誰かに贈り物をする日。
それは誰かを思う日。

2024年間。今まで産まれ、生きて、死んだすべての人々の数だけ、
それぞれのクリスマスがあった。

一生懸命に作ったプレゼントがあった。
たくさんの人に配ったプレゼントがあった。
悩みぬいて選んだプレゼントがあった。
あわてて買ったプレゼントがあった。
家族へのプレゼントがあった。
恋人へのプレゼントがあった。
自分へのプレゼントがあった。
渡せたプレゼントがあった。
渡せなかったプレゼントがあった。

愛情があった。友情があった。
献身があった。打算があった。
真心があった。下心があった。
届いた思いがあった。届かなかった思いがあった。

それらは全て、幸せへの祈りだった。
全ての『サンタクロース』が、誰かに幸せを贈りたいと、
そう思ったのだ。


■23:58■

「パパ見て!小さいサンタさんがいっぱい!」
サンタの言葉を信じて、日付が変わるまでなんとか起きていた梨沙は、空を駆ける無数の光のサンタクロースを見て歓声をあげた。
聖也の視界にも、夜空を覆う光の奔流が見える。その軌跡が集まっていくのは、東京スカイツリーの方角だった。そしてその先端には、目を覆うほどのまばゆい光が集積されていく。
「おいおい、どうなってるんだよ!イルミネーションってレベルじゃないだろ!」
聖也はスマートフォンを構え、写真を撮り始めた。

「なあ、なぁんでサンタクロースってプレゼント配るんだと思う?」
のえるはウーバー配達でよく立ち寄る安い居酒屋チェーンで酔いつぶれていた。
先程の疑問は、そのふわふわとした思考の中、店員に聞いたものだった。
「え?なんでって」
店員は一瞬、その歳でサンタ信じてるの?と返そうとしたが、明らかに面倒なことになるので、やめた。酔っ払いの扱いには慣れていた。
「クリスマスってのは、好きな人と、いっしょに過ごすもので、う”ううううう……」
今度は泣き出した。彼は泣いてる女の扱いには慣れていなかった。
「あーあー、ほら、これあげるから、だし巻き」
店員は厨房から、自分のまかない用の料理を急いで持ってきて彼女に差し出す。
「プレゼントってのは好きな人にあげるものでしょ?だったら、サンタクロースってのは、よっぽど人間全部が大好きなんじゃないか?」
涙目でだし巻きにかぶりついて、のえるは彼に抱きついた。
「うぅ~~!!好き!!!!毎日わたしにだし巻き作って!!!!」

■23:59■

全ての祈りが、思いが、光のプレゼントとなってニコラウスのもとに集まる。
『プレゼントを届ける者』の象徴として、多くの人に信じられたサンタクロースの、原初たる彼の元へ。聖人として1700年ぶりに奇跡を振るう、ニコラウスの元へ。
「ああ、そうさ!サンタクロースは、どこにだってプレゼントを届けるんだぜ!!」
スカイツリーに集積された膨大な『プレゼント』が、今、ニコラウスの体を通じて、構えた『煙突』に注ぎ込まれる!何億、何兆という無数の質量を持った思いが!不朽体を持つ彼でも、それに耐えられるはずもない!
魂ごと削られるような祈りと思いの質量の中、それでもニコラウスはガンマ線バーストを見つめ、叫んだ!
あの時、金貨を投げ入れた時と同じように――

「メリーッ!!クリスマスッッ!!!!」

――月面に設置された『靴下』を目掛けて、史上最も大きな『プレゼント』が、投射された。

■2020年12月25日 0:00■

投射された巨大な光球の『プレゼント』は、きらめく緑色のオーロラを作り出しながら、光速で月へ一直線に突き進み……その間に到来したガンマ線バーストと衝突し、せめぎあい……最後には、それを打ち払って爆散した!!

世界は一瞬、ふたたび真っ白な光に包まれた。あたたかな光だった。ある者は愛する人と過ごすベッドから、ある者は普段と変わらぬ仕事の帰り道から、そしてある者は家族のいる家から。世界の全ての人が、夜空を見上げ、それを見た。

地上のスカイツリーから伸びる緑色の光と、空に輝くガンマ線バーストの金色の残光。爆散した『プレゼント』の余波は白い光の玉となってゆっくりと降り注ぎ、成層圏で燃え落ちた。その形は、頂上に『ベツレヘムの星』をいただく巨大なクリスマスツリーに見えたことだろう。

世界中全ての人がそれを見た。一人を除いて。
ニコラウスはそれを見ることはなかった。
人の身では到底耐えることのできない思いの奔流に焼かれ、その存在全てが消滅したのだ。
最後に口にした言葉は、誰にも届くことはなかった。

――アンド、ハッピーニューイヤー。来年も、その先も。幸せな年が続きますように。

■2020年12月25日 日本・東京 9:30■

「わー!プレゼントだ!」
前日夜中まで起きていた梨沙は、いつもより遅く起きだしてくると、枕元に置いてあったプレゼントに喜んで、きゃあきゃあ飛び回った。
「ねえ、あけていい?」
「もちろん」
梨沙は大きな包みをびりびりに破いて、中の漫画本のセットを取り出して黄色い声をあげる。
「すごいすごい!!やっぱりサンタさんはいたんだ!」
品薄の中なんとか手に入れたプレゼントが喜ばれ、両親は一安心といったところだ。まったく、現代のサンタクロースは大変だ。
「……あれ?」
娘を見つめる聖也の視界に入ったのは、壁から落ちた飾り付けの大きな靴下だった。かけなおそうと持ち上げると、わずかな重みをその先に感じる。
何か入れた?と妻に目線で尋ねるが、妻は首を振った。
「これは……金貨?」
それが原初のサンタクロースから、全ての人へ贈ったプレゼントであることを、誰も知ることはない。

窓の外はいつもと変わらない平日だ。多くの人が行きかい、たくさんの物を運んでいく。
来年も再来年も、その先も。世界中のサンタクロースたちは、誰かに思いとプレゼントを届け続ける。

メリークリスマス。アンド、ハッピーニューイヤー。

【了】



メリークリスマス(あとがき)

よくきたな。おれはライオンマスクだ。今回はパルプアドベントカレンダー2020の12月8日担当として投稿させてもらった。

久しぶりにそれなりの量の文章を書いたが、楽しんでもらえただろうか。
ぶっちゃけ本作は飛び道具、Note芸、雰囲気文章、過剰演出地の文、お話の進まない会話などを多分に含んでおり「それはパルプではない!」といわれそうな代物だが、知ったことではない。おれのパルプの源泉はゲームとかにあるため、おれにとってのパルプはこうなのだ。コンテストへの投稿ではないので好きにやらせてもらった。

明日、12月9日のたんとうはとう腐センセイだ。毎日のパルプにそなえよう。カラダニキヲツケテネ!

なお、ここから先は課金エリアとなっており、とくに本文はないが、今回の作品に至るまでの構想とか、そういったものを見ることができる。本編を読んでおもしろかったら、投げ銭感覚……もとい、クリスマスプレゼント感覚で購入してもらえると、とてもよろこぶ。ヨロシク!

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