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感想『フルトラッキング・プリンセサイザ』京王線の王女として敬い合う仮想世界がもたらす奇妙な安堵感

第5回「ことばと新人賞」受賞作・小説『フルトラッキング・プリンセサイザ』面白かったです。与えられる情報が断片的で、読み解き方を読者の自由に委ねた作品なので、変に解釈するのも野暮だと思いつつ、以下はあくまで私の解釈に基づく個人的な感想です。6/21の対談に備えて、ほぼ自分用の備忘録として残しておきます。

また、他作品と比べて考えたことや、参考になるかもしれない私の記事や書籍もまとめてみました。

※追記:トークイベント配信後の感想をこちらの記事にまとめました!


⚠ 以下ネタバレ注意 ⚠

感想

全編を通して、主人公「うつヰ(うつい)」の思考ログを生データのまま出力してしまったような独自の文体で、彼女の風変わりな思考を追体験するのが斬新でおもしろい。極端に感情が希薄で注意散漫だったり、変なことに異常な拘りを見せたり、相当変わったヒロイン。のはずなんだけど、不思議と悲壮感はなくて、何故か社会とも上手くやっていけてるし、妙に好感がもてる。それはなぜか?

VR世界(プリンセサイザ)での彼女の体験が恐らくこの答えで、匿名の相手と京王線の駅の王女として敬い合うこの場所が唯一彼女にとって虚ろな感情を発露できる場所で、心のバランサーとして機能している。特に濡れ場のシーンが顕著で、現実のセックスとバーチャルセックスの感じ方の違いが極端で現実の方のお相手が後からなんだか可哀想に思えちゃうくらい。

フィクションにおける「仮想世界」って、割と窮屈な現実からの脱出! みたいに安易に単純化して描かれがちだけど(私も読者への分かりやすさを優先してそう描きがち)、現実としてVR世界との多重生活が完全に日常に溶け込んだ暁には、現実との摩擦感すらもふわふわ溶けていって、精神の在り方そのものに安らぎを与えるものであって欲しい。そんな祈りが、全編を通して文体が生み出す奇妙な安堵感から感じられる不思議な読書体験でした。

京王線路線図

出典:京王電鉄

他作品と比べて考えたこと

ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を(ハヤカワ文庫NV)』

主人公の独自の思考をログ形式で追体験する、というところは『アルジャーノンに花束を』を思い出しました。アルジャーノンにおける「天才になる手術」が本作における「プリンセサイザ」なのかもしれない。違いとしては、本作はフィクションではなく、地続きの未来を現実的に描いているということ。そして「天才になる手術」と違って「プリンセサイザ」には終わりがなく、現実をゆっくりと上書きしていくということ。

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(新潮文庫)』

また、2つの重なり合う世界を交互に行き来する物語、という意味では『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を。(私の『仮想美少女シンギュラリティ』もかなり影響を受けています) 違いとしては、本作は意図的に現実とバーチャルの体験を渾然一体に描くことで、バーチャルが当たり前になって現実と溶け合った世界観を構築しようとしているんだと感じました。

以上、全くの解釈違いだった場合は6/21の対談で池谷先生に一刀両断されて来ます(>_<) 明かされなかった作品の設定なども聴いちゃおうと思います(野暮 of 野暮)

6.21 池谷和浩×バーチャル美少女ねむ『フルトラッキング・プリンセサイザ』刊行記念トークイベント

本書の刊行を記念して、6月21日(金)21:00より、池谷和浩とバーチャル美少女ねむによる刊行記念トークイベントをライブ配信することを決定した。バーチャル美少女ねむは自身も小説『仮想美少女シンギュラリティ』を執筆するなど、フィクションとリアルの両面からソーシャルVRの未来を探っている。本書の感想や執筆にあたってのエピソードなど、本書の内容を軸にトークを行うので、ぜひ読了の上参加してほしい。イベントはYouTubeで無料で視聴できる。

第5回「ことばと新人賞」受賞作・小説『フルトラッキング・プリンセサイザ』

第5回「ことばと新人賞」受賞作・小説『フルトラッキング・プリンセサイザ』

<概要>
・書名:フルトラッキング・プリンセサイザ
・著者:池谷和浩
・刊行時期:2024年5月20日(月)Amazonで発売(全国の書店でも順次発売)
・判型・頁数:四六判、上製、224ページ
・定価:本体1,800円+税
・版元:書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)

<あらすじ>
映像や3DCGを扱う制作プロダクションに勤めるうつヰの一日は長い。今夜バスタオルで体を拭くのを忘れないようメモするアプリケーションには何が最適か。部長の言うユーキューは「有給」なのか「有休」なのか?仕事を終えると「プリンセサイザ」にログインする。京王線沿線の各駅に配置された王女たちと、仮想空間システムを渡り歩けるソーシャルVRの中で交流するのだ。選考会で激賞された第5回ことばと新人賞受賞作「フルトラッキング・プリンセサイザ」ほか、一年後をつづった「メンブレン・プロンプタ」、うつヰの学生時代を描いた「チェンジインボイス」を収録。

参考(になるかもしれない)記事や書籍

全身でVR世界へGO!!! フルトラ(フルトラッキング)のススメ

また、他作品と比べて考えたことや、参考になるかもしれない私の記事や書籍もまとめておきます。

バーチャルセックスで人類は滅ぶのか

なぜ人は美少女になるのか? 女性型アバターが優位な理由考察【バ美肉】

『仮想美少女シンギュラリティ(VTuber文庫)』

『仮想美少女シンギュラリティ』

脳と機械を繋ぐ「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」研究者の「私」は、実験中に意識を失っている間に、自分がバーチャルYouTuberとしてアイドルデビューしたことに気づく。YouTubeに残されていたのは謎の仮想美少女「ねむ」が「お前は誰だ」と自問自答する奇妙な動画だった…
ねむの目的は何なのか? 人類はついに現実の肉体のくびきから開放され、新人類へと進化するのか? 進化を目前とした人類の葛藤と恐怖を鮮やかに描く黙示録。

『メタバース進化論(技術評論社)』

『メタバース進化論(技術評論社)』

バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論(技術評論社)』は、メタバースに興味を持った幅広い読者の方を対象に、現在のメタバースの真の姿、そしてその革命性をわかりやすく伝える「メタバース解説書の決定版」です。自身も黎明期のメタバースで暮らす"メタバース原住民"の一人である著者・VTuber「バーチャル美少女ねむ」が、自分自身の体験、数多くのユーザーへのインタビュー、そして全世界のユーザー1,200名を分析した大規模調査「ソーシャルVR国勢調査」を元にメタバースのリアルを明らかにする、世界初の「仮想世界のルポルタージュ」です。

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