リストカットシンデレラ ①
小学生のタバコと自殺
あれは確か、小学校3年生の時だったと思う。
私は幼い妹の手を引いて、ばぁちゃん家の近くにある煙草の自販機に向かった。
じいちゃんの口から重く吐き出される入道雲のような煙が好き。
母が煙草を挟む指先に漂う色が好き。
父がさりげなく空になった箱をクシャクシャにする瞬間が好き。
「ねぇ奈々、煙草って美味しいのかな」
「・・・知らない」
「吸ってみようか」
「うん!」
妹は、お菓子を買いに行くみたいにルンルン気分。
知らないって幸せだよね。
私は少し高鳴る鼓動を抑えて足早に歩いた。
ジュースの自販機が3つ、煙草の自販機が2つ。
煙草の種類が多すぎてどれを買えばいいのか迷った。
とりあえず、父と母が吸っているマイルドセブンとじいちゃんが吸っているハイライト。
急いでポケットに突っ込んで逃げるように家に帰った。
家の庭は畑になっていて、ばぁちゃんが野菜を作っている。庭の前にある小さな川の土手に隠れるように座り込んだ。
まずは私が煙草に火をつける。
「あれ!?何これ?マズイ!」
「奈々にもちょうだい、ねぇ、ちょうだい」
「ほら」
「うーん」
「まずいだろ?」
吐きそうな私を見て、3歳の妹は笑顔で言った。
「なんか美味しい」
「はぁ?お前おかしいよ!違うほうを吸ってみよう」
じいちゃんと同じハイライトを開けた。
「まずっ!なんで!?お父さんとお母さんは美味しそうに吸ってるのに」
「うーん・・・奈々はおいちいよ」
その時の私は、チョコレートみたいに美味しい物だと思ってた。
「そうだ!コレ、安いからだ!もっと高いヤツを買ってみよう!」
そこの自販機で一番高いのを2つ、代わりに安い煙草を置いて帰った。
私はショックだった。
どうして美味しくないの?
理由が分からない。
美味しくない、それが疑問!!
不味い煙草を川に投げ捨てて、私は奈々の胸ぐらを掴んだ。
「このことは絶対に、誰にも言うなよ。お父さんとお母さんにも、絶対に言うなよ!煙草のことを言ったら、ぶっ殺すからな」
「うん、わかった」
「絶対だぞ!絶対に言うなよ!」
「わかった、言わない」
「チョコレートタバコ」
その日の夜、私は父に呼び出された。
部屋に入ると父と仁王立ちの母がいた。
「お前、煙草吸っただろ」
父の膝で甘えるご機嫌な奈々が視界に入る。
「煙草?そんなもん、吸うわけないじゃん」
「奈々が吸ったって言ってるぞ」
「勘違いしてるんじゃない?」
私は、煙草の真似をしたチョコレートのお菓子が好きでいつもそれで煙草を吸う真似をしていた。机の引き出しからそれを持ってきて、父と母に見せた。
「コレだよコレ、奈々と煙草を吸う真似をして遊んでたから」
沈黙と2人の視線が私を見下ろす。
「ふーん、ならいいけど本当に吸ってないでしょうね!吸ったらぶっ飛ばすよ」
「吸うわけないじゃん、そんなもん」
それは突然現れて、まるでニコチンみたいに私を虜にする。
煙草はマズイのに、癖になってやめられない。
それと同じなんだ。
嫌なことがあるたび、死にたいと思う。
そのうち、嫌なことがなくても死にたいと思う。
全部から逃げ出そうとする。
小三の自殺未遂
小三の私は、死ぬためにプラスチックのオモチャを学校の水道水で飲み込んだ。
そうすれば体のどこかに詰まって死ぬと思った。
確かシャープペンの頭に付いていた7人の小人。
喉をゴロゴロと落ちていく。
私は悶え、苦しみ、倒れることを想像した。
毎日流れる時間や人との係わり合い、すべてから逃れられる。そう思うと心は弾み、嬉しさの余り、無駄に笑顔になる。
でもそいつは、何事もなくトイレの便器に出てきてしまった。
さっきまでの喜びと解放感が水と一緒に流れていった。
次は、ばぁちゃんが飲んでいる150錠入りの胃薬を2瓶飲んだ。
大量の粒を飲み込むのは苦痛ではなかったが、後に出てくるゲップが、堪らなく苦しい。
それでも"今度こそ終る"そう励ませば心はバラ色。
のはずが、徐々に気分が悪くなり、苦しみと恐怖が孤独感を膨らませ、大量のゲロを吐いた。
誰かにバレると面倒だから急いで片付けた。
全然死ななくてガッカリ。
小さい小瓶の栄養ドリンクを、トイレに隠れて1箱飲んだこともある。その時は、さすがに体が非常事態になって耐え切れず、叔母に病院に連れて行ってもらい点滴をした。
もちろん、体調が悪い本当の理由は誰も知らない。
叔母には車の中で待っていてもらい、私は1人で病院に入った。医者には子供ぶって、美味しいからたくさん飲んだ~と言った。
どれも失敗。
あれ以来、栄養ドリンクと粒状の胃薬が飲めない。
口にすると、未だに吐き気をおぼえる。
男の子と女の子
私はとっても母に愛されていた。
やっと両足で立てる様になった頃、母は着せ替え人形で遊ぶように、色々な服を着せて私の写真を撮りまくった。
キャピキャピ両手を叩いて喜ぶ母。
私は得意げに笑顔を振りまく。母が楽しそうだから、私も何故か嬉しくて。
シャッターの音と共に甦る、一番古い記憶。
私はとても幸せだったんだ。
「カイちゃん、笑って」
母は私を“カイちゃん”と呼んだ。
本名は“果理”だけど、そう呼ばれるのが何だか心地よくて、いつのまにか私の愛称になっていた。
私は幼稚園に入るまで、毎日男の子と遊んでいた。近所の男の子が5~6人いて、私が一番威張ってた。
同じ年の男の子が1人、その子以外の男の子たちは小学校に入ると、ばぁちゃんに聞きに来た。
「あの子は男の子?」
「女の子だよ」
小さい頃の私は、よく男の子に間違えられていたらしい。男の子たちは、次の日から遊びに来なくなった。
それからは毎日、隣に住んでいる同じ年の男の子と遊んでた。裸足で泥の山を駆け上がったり、その子がピストルやロボットを買うと、私も同じオモチャを買ってもらう。
幼稚園に入って、美保ちゃんと友達になるまで、おままごとなんて知らなかった。
嫉妬
幼稚園に入ると、私はしょっちゅう男の子と殴り合いをしてた。ムカツク男の子が2人いて、いつも取っ組み合い。
ある日、幼稚園バスを待っている時、近所に住んでいる女の子が私に言った。
「友達になろっ?」
「ヤダ」
私はヤダと言ったにもかかわらず、毎日その女の子と遊ぶ様になって、ベッタリだった。
女の子の名前は美保ちゃん。
美保ちゃんが笑うと私も笑って、美保ちゃんが泣くと私も泣いて、これはさすがに真似できないだろうと思った美保ちゃんは、オナラをした。私もオナラをしたらしい。
小学校の入学式。
母のお腹は大きかった。
私はお姉ちゃんになる。
お母さんが病院にいる間の夜は、いつもより暗くて、とてつもなく寂しい。
生まれてきたのは女の子。名前は奈々。
それまで、世界が自分を中心に回っていたのに。
奈々が生まれて、地球人が火星に移住してしまった感じ。
始めて生まれた、嫉妬。
入学式
小学校初日。
美保ちゃんと下駄箱で上履きを履いていると
「見て見て~、ホラあの子」
6年生の女の子が5人くらい、こっちを見て騒いでいた。美保ちゃんは驚いて、私の服を引っ張った。
「カイちゃん、なんかこっち見てるよ」
気付いて顔を上げると
「カワイイ~、キャーこっち見てる~」
私は驚いて美保ちゃんの顔を見た。
「カイちゃんモテモテだね」
その時は意外で、ドキドキして気分が良かった。
まぁ今思えば、自分で言ってもいいくらい、あのころの私は可愛かったからな。サラサラの長い髪にヒラヒラのスカート。今の私とは、とてもかけ離れている。
6年生は休み時間になると、毎日私を迎えに来て遊んでくれた。
帰る方向が正反対の人もいたのに、ランドセルを持ってくれて、5人が交代で私をおんぶして、家まで送ってくれた。不思議なくらい親切で可愛いがってくれた。
ケツ女
でもある日、その中の1人が私を呼び出した。背が高くて、ヒョロッとしたショートカットの女の子。
1年生の教室は1階、6年生の教室は2階。
1年生の私には6年生がすごく大人に見えた。
ドキドキして、6年生の教室の前で待っていると、その子が来て私の耳元で囁いた。
「ホントにカワイイよねー。ちょっとでいいからお尻見せて」
?
意味が分からない。でも怖い。
「ヤダ」
「いいじゃーん、ねっ、ちょっと一瞬だけ」
その子は無理やりパンツの中を覗きこんで、
「カワイイ、触ってもいい?」
体が固まり、すべてが歪む。汚い、やめろ。
私は泣き出した。
声に気づいて、ほかの女の子が走ってくる。
「何やってるん!大丈夫?どうしたの?」
「あたしは何もしてないよ」
嘘つき。
「じゃぁなんで泣いてるの?何か言ったんでしょ!可哀相にごめんね。大丈夫?泣かないで」
ケツを見られた、とは言えなかった。
私は両手で目を隠して、泣きながら教室に帰った。
最後までケツ女にはなつかなかったけど、ほかの6年生は大好きだった。
キス
6年生は何度もホッペにキスをねだる。
「カイちゃん、して?」
しゃがみ込んで出された頬に、私は躊躇いなくキスをする。
髪が長くて背の高い人が一番のお気に入り。一緒にいると何故か心地いい。
私だけずっと長縄が飛べなくて、抱っこして一緒に飛んだり、遊びながら休み時間に教えてくれて飛べるようになった。私の家に遊びに来てくれることもあった。
ある日曜日、6年生に教科書を読んでもらっている時、私はその子の顔をじっと見ながら考えていた。
この人は一番優しいけどなんか違う、あの髪の長い人に会いたいな。
白い教科書に落ちた、一滴の赤。
私はとっさにティシュをその子の鼻にあてた。
「鼻血、出てるよ」
その子は一瞬動揺したものの、急いでティッシュを鼻に詰めてまた本を読んでくれた。
「大丈夫?寝てたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だよ、大丈夫」
ティッシュが真っ赤になって、私は本よりその子の鼻血が気になって仕方がなかった。
勉強は退屈。
6年生はいつも頭を撫でてくれた。
「ゴロゴロ~」
猫のように、私のノドを撫でる。
私は6年生の女の子に、猫みたいに甘えまくった。
卒業式の日、6年生は大泣きして私に抱きついた。
「カイちゃん、もう会えないね」
私は悲しくなかった。
ただ、次の日から6年生が来ないのが不思議だった。あんなに甘えて大好きだったのに、今は嫌いだったケツ女しか名前も顔も思い出せない。
父の知らない母
家から学校まで約1時間。通学路は長くて、しょっちゅう陽炎が見える。
忘れ物なんかしたら最悪。取りに帰れば遅刻、忘れても怒られる。学校が終わってダラダラ帰ると1時間以上かかる。
でも帰るのが10分でも遅れると、母が鬼みたいな顔で待っていて、振りかざした手が私の頬に直撃。
「今何時だと思ってるの?!道草くってるから遅くなるんでしょ!そんな子はウチの子じゃない!!」
赤いランドセルが窓から投げ出されて、ズルズルと私も外へ出される。
ここの社宅は、6つの家がくっ付いて並んでいる。そこに私の泣き声が突き抜けた。
「恥ずかしいから、早く中に入りなさい!」
自分で出したくせに。
「土下座して謝れ!ホラ!早く!!」
「どうやってやればいいか、わかんないよぉ」
「こうやって、両手を突いて、頭を下げるんだよ!」
首をつかんで顔を畳みに押し付ける。
母は口よりも先に手が出るから、打たれるのは慣れっこだった。
ただ気に入らなかったのは、父の前では滅多に打たない。普段はすぐビンタするのに、父がお昼休みに突然帰って来た時、母は振りかざした手をドアが開いた瞬間、私の頭にフワッと軽くのせて笑った。何も知らない父。
「何やってんだ」
「打つと思ったでしょ~、バーカ。見てよ、ホラこの顔」
固くつぶった両目を片方だけ開けると悪魔みたいに笑う母の口が見えた。
なんで!?
何も悪い事をしていなくても、母の手が動けば反射的に頭を隠して目を閉じる。
まるで、せっかんされている犬のよう。
嘘つきサンタ
私はクリスマスが大好き。
あの日までサンタクロースを信じてた。
母は買い物が大好き。デパートに行く日は私も連れていってくれた。家から2時間ぐらい離れた大きなデパート。
「カイちゃん、今日買い物に行くけど~行く?」
「うん!行く」
「じゃぁ~学校はお休みね!」
私の母は最高。父と一緒に行くときもあった。
この日は父に内緒。母はブランド物をカードで買って上機嫌。
「カイちゃん、お父さんには秘密だよ。クリスマスプレゼント、なんでも好きなもの買ってあげるから」
「・・・うん」
私の口はとても堅くて、言うなと言われたら絶対に言わない。
母が自分の友達に、“この子は口が堅いから、言うなって言ったことは絶対に言わない”、そう自慢しているのを聞いた時、すごく嬉しかったから。
だから父にも嘘をついた。
今日はどこにも行ってない。
秘密を守る事は嘘をつく事なのか。今年のサンタクロースは、私に好きな物を選ばせた。
次回《万引きと両親の自殺未遂》