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『無難』な靴

「お姉ちゃん、靴は?」

妹の結婚が決まり、両家の顔合わせに行く時の事だ。姉として、大人として正しく振る舞うべく、清楚で無難な服と派手すぎないアクセサリー。遊び心のない大人のバッグ。髪も落ち着いた色に染め直し、どこから見ても無難な普通の姉になったつもりだった。しかし合わせる靴が無い。

ブーツとスニーカーは問題外。ヒールに派手な刺繍がある靴、目が覚めるようなブルーの靴、ぽってりとしたフォルムが可愛いグリーンの靴、白いサンダル、ヘビ柄、シルバー、ゴールド、赤…。唯一持ってる黒い靴はエナメルで厚底だ。あり得ない。大人として無難に履ける靴が一足も無い。

「まったく、もう。まだ時間あるから、適当に買って履いてきなさい。」

母は呆れていた。妹は笑ってはいたが、私を置いて家族は先に行ってしまった。仕方なくブルーの靴を履いて買いに行く。

興味のない買い物は楽しくない。『無難』なモノを買って『無難』なフリをする…なんて無意味なんだろう。と中学生みたいに反発する訳にはいかない。妹の家族になる人達に会うのだ。妹を末永く可愛がってもらうためにも少しでも印象は良くありたい。私はズラリと並んだシンプルな黒いパンプスの中から適当に一足選んだ。並んでいるパンプスはどれも『無難』すぎて難易度の高い間違い探しみたいだった。

顔合わせはホテルだったが、和食だったので靴を脱ぐ。だったら靴なんて何でも良かったじゃない…と思いながら個室に入ると、もう全員揃っていた。もう1人の姉の横に座り、和やかに食事会はすすむ。良かった、妹の家族になる人達は優しそうだった。

とても良い雰囲気で顔合わせが終わり、個室を出ると靴がズラリと並べてあった。シンプルな黒いパンプスを履いて待っていると、両家の母親同士「よろしくお願いします。」と何度も同じ事を言いながらやってきて立ち止まった。妹、母、もう1人の姉、婚約者の母、その祖母と5人分の黒いパンプスが並んでいるので自分の靴が探せないのだろう。

「お母さんの靴、そっちにあるよ。」

私は見慣れた母の柔らかく踵の低いパンプスを指さした。

「あら、本当。」と母が履く。

婚約者の祖母も柔らかく歩きやすそうなパンプスを履いた。姉は飾りのないパンプスを履き、妹も履こうとして、婚約者の母に声をかける。

「何か忘れ物ですか?」

婚約者の母がキョロキョロとしていたからだ。

「いいえ…あの、靴が。私の靴が無いみたい。」

「え、この靴は違うんですか?ホテルの人に聞いてきます!」

妹は義母になる人のため、走り出そうとして…私を見た。

「もしかして…お姉ちゃん、靴を間違えてない?」

私を疑うなんて!と、いつもなら憤慨する所だけれど、じっと足元を見る。飾りのないシンプルな黒いパンプス。さっき買ったのに全然覚えていない。ごめんなさい、自信ないです。私は素直に靴を脱いで見せた。

「あぁ、それ!」

妹の予想通り、私が間違えていた。婚約者の母は笑って許してくれたけれど、今後は『とりあえず』のモノでもちゃんと選ぼう。と妹の怒った顔を見ながら反省したのだった。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。