齢
父は文字が綺麗だ。
子供の頃から学校の書類も持ち物の名前書きも全て父が書いていた。だからつい結婚式の招待状も数枚書いてもらっちゃおう、という甘えが出た。父は引き受けてくれたけれどいつもと何か違う感じで、何だか神妙な、決意するような表情に見えた。
暫くして、自室から出てきた父は「やっぱり、こういう物は自分で書きなさい」と返してきた。そりゃそうだ。もう結婚するほど大人だから。と諦めて受け取りつつ、ふと父の部屋を見ると紙が散乱している。沢山の紙には練習した父の文字が、以前の堂々とした美しいものではなく、ふるふると揺れた力ない線で溢れていた。
…いつの間にか父は歳をとっていたのだという事実に愕然とした。また気づかずに頼んだ無神経な自分を恥じた。きっと末娘の願いに軽く答えられなくなったと父は悲しい思いをしたに違いない。本当に申し訳ないことをした。
なんとも切ない気持ちで、居間を横切る父の背中を見送る。父は歩きながら、一生懸命に尻尾をふる愛犬のコムギを撫でながら声をかけた。
「おぉ、コムギ。よしよし。お前の名前は何だったっけな。」
うん、父は歳を取ったようだ。
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