つれづれ思うこと
ここ数日、厚木の男の子のネグレクト遺棄事件のことが頭から離れない。
電気も通っておらず鍵がかけられ窓も目張りされた6畳間の部屋で、5歳の男の子がひとり過ごした日々を考えると、あまりに悲しくてつらい。
5歳なんて、もう色々なことを理解できる年齢。
父親を待っていたときの気持ち、ひとりの時間にとったであろう行動、死に至る過程をどうしても想像してしまい、悲しすぎて息ができなくなる。
誰かに育ててもらった、という精神的土台には、お腹をいっぱいにしてもらったという記憶が大事なんだと、小児科の医師に聞いたことがあるけど、この男の子は、それよりもただ、父親が帰って来てくれたら嬉しかったんじゃないかな。
虐待を見逃さないシステム、一人親の子育てをサポートする体制、戸籍上の親が養育できなくなっても子どもがちゃんと生きていける選択肢を増やすこと(養子という選択肢をもっとポピュラーにするとか)等、社会を変えていくことを考えるのはもちろん大切なんだけど、、、
なんというか、自分の子どもがとっても大事で、この子に健やかに育ってほしいと願うのは当たり前なんだけど、そうやって自分の子どもを育てながら、世の中のすべての子どもが安心して暮らせて、無事に大人になってほしいと願いながら、そういう気持ちで子どもを育てたい、とあらためて思った。
うまく整理できないけど、それは何かに繋がっている、あるいは何かのベースになっている、大事なことのような気がするので。