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壺かぶりのバイノーラルビート指揮者

耳の奥にひんやりとした金属製の器具が触れる。苦手な感覚だ。器具が離れた後、まだましな状態の左耳に集中して、医師の言葉を聞き取る。深刻な病では無いらしい。ほっとする。



気の抜けた帰り道は、退屈すぎて歩くペースが落ちる。

一週間前から右耳が変だった。低く小さい音が絶え間なく鳴っていて、他の音が聞き取りにくい。ただの耳鳴りだろうと放置していたが、数日前から左耳もおかしくなり始めた。

ポーという間の抜けた音が、常に耳を支配している。好きな音楽を聴けない。会話しづらい。

忌々しい耳を片方だけ抑えながら歩き進んでいると、道路の隅に茶色い塊を見つけた。猫かと思ったが、妙に背が高い。壺だった。壺の行列だ。引き寄せられる。

壺はそれぞれに、エジプトの壁画のような複雑な柄が彫り込まれている。これから、カラフルに彩られるのだろうか?歩きながら壺を鑑賞していると、特別大きな壺が目に入ってきた。

子供一人は入れるような大きさだ。気になって、その壺の中を覗く。何も無い。「あー」と出した声は、よく反響する。

瞬間、耳の奥でビートが緩やかに刻まれ始めた。

壺から顔を上げても、ビートは止まない。自動車の走る音。鳥の鳴き声。風の音。木々の葉が擦れあう音。人の歩く音。ビートを中心に、全ての音がオーケストラ演奏のように重なっていく。

見事な音楽。私は今、指揮者なのだ。


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