母が一番好きなことー10月13日
朝晩冷えるようになった。夜のうちに来たメールを読み、あたたかく着込んでキッチンに立つ。パンとイタリアンコーヒー、きな粉ドリンクとトマトで母と朝食。
食事が終わると、母は片付けてくれる。洗い物が得意。そのあいだに少しでも原稿を書きたい。なにかと調べては書く。書いては調べる。習性だ。
以前は朝食前に朝イチで原稿の時間をとっていた。昨秋、目のオペを受けてから、朝イチのひと仕事はやめている。夜明けの時間が好きだが、再開する自信はない。
キッチンのとなりの居間にPCを持ち込み、できるかぎりなんでもやっている。母の姿が見え、ガスやらなんやらの音が聞こえるところにいるためだ。
お昼なににしようか。母はそわそわ。
キッチンのテーブルにカボチャとジャガイモと玉ねぎとニラと人参とシイタケを順番に置きながら母に声をかける。
母は包丁を手に嬉しそう。やることがわかった瞬間、パッと嬉しそうな顔になる。生来の働き者で、台所仕事が大好き。短期記憶の問題さえなければ、朝夕母に頼りっぱなしだろう。
居間に戻り、資料をながめる。作業は大抵いくつか並行している。並行するくらいの方がいい。今日はこれを中心に進めようと決心しさえすれば、作業のおしくらまんじゅうは防げる。横文字ではマルチプロジェクトというそうだ。母のそわそわがまたはじまる。
廊下の戸を開け、買い置きの味醂を探している。小分けしたビンの場所は母の記憶にとどまらない。ないといっては買い置きの新しいビンの蓋を開けるので、蓋の開いたのがたまる。
冷蔵庫から味醂の小瓶を取りだすと、あったわよと母を呼んだ。
携帯電話が鳴った。資料調べを相談していた東北の県立図書館からだった。司書はお探しの資料はありませんという。もしあれば、冬の東北へいかねばならないところだった。母と一緒に雪国にいくかどうか、決めかねていた。
調べる時間と母を連れ歩く時間をいれると、一泊することになる。行く必要がなくなって残念半分、安堵半分。
研究者魂というのか、資料があるかもしれないとなると、調べてみずにはいられない。あるとなればなったで、少々無理を押しても資料を見ずにいられない。
東北の司書との電話が終わる。丁寧だが妙に慇懃でもあった。母はそわそわ。
冷蔵庫から生麺を出し、テーブルに置く。
居間のテーブルに戻り、東北の資料がないなら、ないなりにどう進めようか考えはじめた。5分くらい経ったろうか。キッチンで音がする。待ちきれないらしい。
哀願する顔をみて、母は自分の部屋へ引っ込んでしまった。わたしは10分だけ考えておきたい。部屋で悶々とする母が気になる。ジリジリしながら長い10分を過ごしている。わたしは親の恩を忘れた意地悪娘だろうか。
10分経った。お茶をもって母の部屋にいく。母は布団をかぶって向こうを向いていた。ベッドサイドに湯呑を置いてこんもりとした布団に声をかける。
キッチンに焼きそばの麺と具の切ったのを母がわかるように並べ、置きっぱなしの冷めたお茶を口に含んだ。
母は着替えていそいそとキッチンにあらわれ、居間に陣取るPCを指さした。寒暖差に人一倍敏感なせいもあるが、着替えが好きだ。
ご機嫌な母にニッと笑って目を合わせ、PCの前に座った。東北の資料はない。雪国はまた今度にしよう。自分の頭で考えよう。それでいいはずだ。
母がフライパンを使う音が聞こえる。軽い音がしているときは大丈夫。食事の支度やら片付けやらが一番好きらしい。どこまで行っても、娘の面倒をみようと思うらしい。どちらが勝っても釈迦の恥。母の気持ち、喜んでありがたく受けましょう。
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