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おぼろ月の下で

新しいダウンコートを着てマフラーを巻き、ご機嫌の母と連れ立って夕飯の買い物に出た帰りだった。わたしたちが暮らす町は坂道だらけの丘陵地帯。買い物ができるスーパーや店はみな、坂道を降りていく先にある。

今日の夕食は牡蠣の香草パン粉焼きにトマトスープ。キャスターに買ったものを入れ、坂道を登った帰り路、黄葉したイチョウ並木を曲がったところで小学生の女の子たちと出くわした。子どもたちのあいだの流行りなのか髪をなびかせている子が多い。

ひとりと目があった。ニヤニヤしている。
「あれ、ウサギがいるよ」
「・・?」
「あそこ、月だよぅ」

まだ明るい冬空に月が輝いている。今日は朧月。風は冷たい。ふっと笑って顔を見合わせた。目がキラキラしている。

たまに女の子集団のなかからニヤッと立ち止まって声をかけてくる子がいるのだが、おなじ子だろうか。公園あたりでみかける男の子集団のなかにも、たまに声をかけてくる子がいる。よく走る子だけど、その子もおなじ子だろうか。子どもがいないわたしには、子ども事情がよくわからない。

すれ違うとき、女の子は空を見上げて、「あれ?いなくなっちゃった」といって通り過ぎていった。背中であははと笑い声が響くかと思ったら、後ろにいる集団はしんとしている。

前にも似たことがあった。昔話の言葉をかけられ、はっとする。スマホで読んだのか、本が好きなのか。あのときも月の話だったか。朧気な記憶をたどる。おなじ集団のおなじ子かな。

丘陵地帯にひろがる緑豊かな町に子どもが増えた。この町で生まれた子もそうでない子も、子どもたちなりのやり方で探索し、発見しながら、この町で生息している。歩いて夕飯の買い物にでるわたしなどは、当たり前に見かける光景の一部なのだろう。

ときどき思うのだが、子どもたちは大木の緑のなかでゆっくり育って大きくなる。この町で育ったわたしがそうであるように、子どものころの記憶はからだのどこかに一生残っていくだろう。

まだ明るいおぼろ月の下で、わたしたちはまた一瞬だけともだちになった。


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土庫澄子
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