【ケーススタディ4】健康食品アマメシバによる肺疾患(上)
前のひととの間隔をとりながらスーパーのレジ待ち中、サプリメントがライターや乾電池の次くらいにレジの近くに並んでいるのをみて、アマメシバ事件を書いてみようとおもった土庫澄子です
■技術の魅力とリスク
技術がどんどん進み、新しい技術で新しい製品が作られますと、新しいリスクが顔を出してきます 技術が生み出す新しい魅力・ベネフィットと新しい危険・リスクは車の両輪 どこまでもセットになっているようです
魅力だけが独走するのはほんのいっときか夢の世界 清濁こもごもの現実の世ではいつ気づくかは別として危険は並走するのです
たいていは魅力が先ですね 魅力は意識して作りだすけれど、危険は望んでいなくても伴っていくもの あとになって危険に気づくときも詳しくわかるには時間がかかることがあります(←ココには科学的不確実性の問いが控えています)
飴の袋のような小さな袋や小瓶に入ったサプリメントもそう 冒頭のように、ライターや乾電池とおなじくらい身近にありふれたサプリがあるようです
■アマメシバ事件のあらまし
あまめしばとは、マレーシア、ボルネオなどの東南アジア原産のトウダイグサ科の野菜で、学名をサウロパス・アンドロジナス(Sauropus Andorogynus: SA) といいます 原産地マレーシアにはあまめしばの食習慣があり、加熱調理して食べているようです
ところが、従来あまめしばを食べる食習慣がなかった台湾でのはなし。
昭和57年頃、「守宮木」という野菜として台湾に輸入され、ダイエットによいとして爆発的に栽培されるようになったといいます 平成6年ころから主に肥満の若い女性で多数の呼吸困難が報告され、野菜あまめしばとの関連が疑われました
台湾では、あまめしばの違法な広告や輸入禁止・生産の停止などについて積極的な措置がとられました
さて日本では?
台湾とおなじように、日本でもあまめしばを食べる食習慣はありません 野菜あまめしばは平成8年ころから沖縄で栽培されるようになり、大部分は県外に出荷されていました
本件は、沖縄で生産された野菜あまめしばを加熱・殺菌して粉末にした加工あまめしばを「久司道夫のあまめしば」(=本件あまめしば)として販売していたあまめしばの加工食品で健康被害が出たケースです
久司道夫(1926-2014,くしみちお)とは? 米国のボストンを拠点にして日本の伝統食を基本にしたマクロビオティックを研究・普及させた 平成10年に日本人ではじめて米国のスミソニアン歴史博物館に殿堂入りを果たした人物だそうです
本件あまめしばについては、健康雑誌の特集記事に医学博士が執筆した記事があり、末期ガンから元気に回復した患者の話や、痩せた、高血圧が改善したという体験談についてあまめしばの効用を書いていました
そして特集のなかで本件あまめしばの紹介は、野菜あまめしばは全国で入手しにくいので本件あまめしばを紹介し、20名にプレゼントするというものでした
母親Aさん(昭和4年生まれ、女性)は新聞広告をみて、本件あまめしばの記事が載っている雑誌「健康」を購入し、〇〇和漢薬研究所長で医学博士の肩書をもつ人が執筆した記事を読んで製薬会社に本件あまめしばを注文しました
Aさんは平成13年8月から同年12月まで約5か月のあいだ、本件あまめしばスプーン小さじ一杯を一日三回程度、主にオブラートに包んで摂取しました 総摂取量は約300gでした
Aさんは娘Bさん(昭和26年生まれ、女性)に雑誌をみせ、本件あまめしばの記事を紹介しました Bさんは記事を読んで、ビタミン・ミネラルなどの栄養補給のために平成13年9月から同年12月まで約4か月のあいだ、本件あめめしばスプーン小さじ一杯を、一日三回程度、主に豆乳に混ぜて摂取しました 総摂取量は約360gでした
本件あまめしばには、「使い方」として、「180㏄にスプーン一杯を目安として水や牛乳、ジュースなどに溶かしてお飲みください」と書かれていました
母娘とも粉末状になったあまめしばパウダーを長期大量摂取したわけです
労作時息切れのため大学病院を受診した母親Aさんは、平成14年11月ころに閉塞性細気管支炎(Bronchiolitis Obliterans:BO)と診断されました 娘のBさんは平成14年4月に呼吸困難の症状で緊急入院し、翌年9月ころ閉塞性細気管支炎と診断されました
閉塞性細気管支炎は非常にめずらしい病気で、肺胞に近い細気管支炎と呼ばれる部分が閉塞し、咳、喘鳴、呼吸困難などの症状がでる重篤な肺機能障害だそうです 不可逆的で予後不良な呼吸器疾患で、多くの報告では肺移植のほかには有効な治療法がないといわれています
■裁判所の判断は?ー健康食品の欠陥を認める
AさんとBさん母娘は、名古屋地方裁判所に訴えを起こしました 本件あまめしばの製造に関わった製薬会社と販売会社に対しては製造物責任等に基づいて、本件あまめしばの効用を健康雑誌の記事に書いた医学博士と、雑誌を発行した出版社に対しては不法行為に基づいて損害賠償を請求しました
一審は製薬会社、販売会社、記事を執筆した医学博士の責任を認めました 出版社の責任は否定しています
二審の名古屋高裁では、出版社、医学博士とのあいだで和解が成立しました 和解が不成立となった製薬会社、販売会社とのあいだでは判決が出されました 高裁判決は、製薬会社、販売会社の責任を認めましたが、損害額の4割を素因減額しています
■Step 1 事故のシナリオ
素因減額は、被害者の体質や遺伝などの素因が被害の発生に寄与していると考え、寄与の割合を損害賠償の額から引き算するものです この素因減額をするかどうかで一審と二審はちがった事故のシナリオを描いています
一審は母親Aさんがいったんはシェーングレン症候群と診断されたとに触れつつも、シェーングレン症候群を直接の原因としてBOと診断された例はないとして、素因減額をしていません
高裁のシナリオは、体質はBO発症と関連しないという一審のシナリオとは違う考え方で、一審のシナリオを修正しています 高裁はこんな風です
高裁判決は、娘Bさんについても精密検査をしていればアレルギーやシェーングレン症候群などの疑いがあるとされた可能性があるとして、母親Aさんと娘Bさんは親子で、ともにBOを発症しやすい体質をもっていたとして4割の素因減額をしています
被害者の体質や素因がBOの発症に関係しているかどうかについて一審と二審の考え方は真っ向から反対です この違いは減額をするかどうかの違い、つまり被害者が裁判に勝ったとしてもどのくらい賠償金を受け取れるかの違いですから重要なのはたしかです
とはいっても、判決に書かれたさまざまな事情から事故のシナリオを考えると、体質や素因のほかにもいろんな要素が出て来そうです
■つぎのステップへ
わたしがやっているケーススタディでは、Step1.事故のシナリオを探す、Step2.事故の要因を探す、Step3.事故につながる他の要因を探す、Step4.シナリオを修正する、Step5.再発防止策を探すという手順をたどっています
それにしても判決ってむずかしい読み物です もともと法律論は一般の方にはとっつきにくいものですが、PL判決の場合、欠陥が問題となる製品の分野(食品から飛行機まで実に幅広い)の知識や理解を必要とすることがほとんどなのでなおさらとっつきにくい 法律関係の人にとってもPL判決はどうしても不慣れな技術の話が出て来るのであつかいにくい代物のようです
このケースも閉塞性細気管支炎やシェーングレン症候群といったむずかしい病名が出てきます 医学のバックグラウンドをもたないわたしにはハードルが高い判決です でも頼まれもしないのに非専門家が少々無理を押してもがんばって議論しなければならない場面ってやはりあるとおもいます ここで投げ出しては自分にガッカリです
新しいモノで被害にあう人はたまたま運がわるかった、リスクは避けられないものだ、そっと告白するようにおっしゃる方に隣り合うこともありました それでもリスクの専門家だけが議論すれば足りるのでしょうか?
多くのひとに関わるリスクであれば、それだけ多くのひとがリスクの議論に入ってくることがほんとうはいいとおもうのです(←交通整理はタイヘンかも! 一体だれがわざわざそんなことやるの?? でもさざ波のようでいい、きっとやりがいはあるはずです)
リスクの議論はモノの話に終わるのではないとおもいます モノがどのようにして生まれてきたのか? さまざまな場面でモノと人、モノをめぐる人と人はどうなっているの? を見せてくれます ときにはこれから先を考えるきっかけが降ってくるだってあるとおもいます(←交通整理はタイヘンかも! でもさざ波でいいとおもってます)
ということで気持ちを取り直して、つぎはStep 2.事故の要因を探すからスタートします またお会いできるように準備しましょう!
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