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3年前の重忠企画が蘇る

新年の普通の日々がはじまり、すべりだした早々、3年前の重忠企画を思い出させられました。

まちの人って、知らんふりしているようで意外とよく見ていて覚えてるんだなあ。いえ、ちゃんと覚えていてくれるのです(泣)。あのときこうだったのよと昨日のことのように立ち話で語ってくれるのです。

玄関先のシロヤナギ綺麗だったねと同じような感じで覚えていてくれる。記憶になってくれている。自分で気づくよりもきっとわたしははるかに幸せなのだろう。

重忠企画。わたしとて忘れ去ったわけではなく、ただ、その、どうもいろいろ忙しく、いまはやっとロングタスクひとつに絞れたところで、それでもなんだかんだしょっちゅうとりまぎれてしまって、グダグダ、モゴモゴ・・。

うーん、、これではがっかりされますねえ、なんとか動く方向へいきたいもの。今日は仕事はじめ。重なるときはどうしようもなく重なるのだと思い定め、振り切っていきましょう。泣いても笑っても6月22日は勇壮な二俣川合戦、畠山重忠が鎌倉の大軍と渡り合い、歴史に名を刻んだ日なのです。

3年前の重忠企画は、大河ドラマ鎌倉殿がはじまるひと月くらい前から、ということは2021年の11月頃からひとりで準備をはじめたのでした。だれにもいわず、不安だらけの始まりでした。

昨年は知人と新しい重忠企画を相談したところまで、具体的には動きませんでした。というより、次々飛んでくるマルチタスクに縛られ通し、なにも動けませんでした。

さて、明けて2025年。合戦まで半年。まちでその日を待っていてくれる人があると知り、じっとしていられない気持ちになります。

3年前は、まち活だの郷土史だのなにもわからないまま動きまわり、やることなすこと手作りすぎて笑えないほどでしたが、まちの記憶になって残っているとは思いがけない話でした。

まち活は、心のなかにまちをつくるというのでしょうか。気づかないうちにだれかとだれかをつなぎ、みえないまちをつくるのかもしれません。

今年は、過去の重忠企画との相互作用も密かな楽しみです。まち活でアリのように動めいてみるといっても、おそらくロングタスクに押しつぶされそうになりながらの一足一足でしょう。

抱えているタスクを犠牲にするわけにはいきません。半年かけて、半歩ずつでもいいから進みたいと、年初にあたり夢想しています🎍

 

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土庫澄子
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