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十三階は月光の世界

あれからひと月余り経った。
未だに無気力になり、喪失感は消えない。
いつも通り日々を過ごしている。生きている。
ただ、とても寂しい。



櫻井敦司さんの、あっちゃんの急逝からちょうど1ヶ月が経った、と当日に更新しようとしてまた、伸びてしまった。もうすぐ四九日も来ようとしている。羽田の献花会も近づいてきた。

春にBUCK-TICKに再会してから、私は大体1日2枚のアルバムを聴いていた。毎日の通勤時間が片道1時間ほどで、ちょうど1枚聴き終わる頃に目的地に到着する。
周知の事実だが、BUCK-TICKはアルバムごとに新しいアプローチで楽曲を作り、多様な世界を繰り広げる稀有なバンドである。日々単純な乗り換えだけの朝夕の通勤路で、イヤフォンで外界の音を遮断すれば、各作品の世界感にどっぷりと浸かることが出来た。
オープニングはプロローグ的な曲に始まり、どの曲も大枠はそのアルバムごとのコンセプトに沿う形で、しかし時に突飛な、時に普遍的に美しいメロディと抒情的な詩を以て、聴く者の心を掴んで離さない。

我が家にはCDプレイヤーがなく、CDもほぼ持っていない。私はサブスクリプションアプリで音楽を聴くので、作品世界に引き込まれつつ歌詞を見たくなりいちいち画面を覗き込む。
これは今井さん星野さんどちらの作曲か、作詩はあっちゃんか今井さんか知りたい。そんな時は公式アプリの歌詞検索を使用する。
所でBUCK-TICK公式アプリのこの歌詞検索サービスは素晴らしいと思う。他のアーティストの例を知らないけど、CDを持っていない身として本当にうれしい。歌詞を見ながら詩世界にも身を投じることが出来る。


アルバムは聴けない


彼が「異空」に旅立ってから、その世界に浸ることが出来なくなってしまった。美しい歌声が余計に寂しさを際立たせてしまう。この素晴らしい表現力ある歌声はもう、直に耳にすることはできない。ゾクゾクしながら聴き入っていたアルバムを再生するとどうしようもない悲しみが押し寄せてくる。

日ごとに寂しさは色濃くなるけど、それでも、悲しみは自分の一部になったように我が身に寄り添そうようになり、それすらも日常になりつつあった。そのうちにシングル曲ならば聴けるようになってきた。と言うよりBUCK-TICKの曲を聴きたくなってくる。更に何故か14枚目のアルバム「十三階は月光」だけは別で、聴けるようになった。特に自分が気に入っているというのももちろんある。それ以外に理由を考えるなら、物語性が強くて、現実逃避できるからかもしれない。

聴き終えると、映画を何本か観たような満足感が得られる。
ライブDVD「13th FLOOR WITH DIANA」での演出も奇抜なもので、蝋燭の灯りの中バレリーナや道化師が登場し、薄暗く不気味で美しい、彼らならではのゴシックな物語性の濃いものになっている。
個人的にはROMANCE、DIABOLOとCabaretが特に好きだ。どれも曲の物語る世界が鮮明に脳裏に浮かぶ。そしてそれは私好みのどこか古くからあるような、美しく、おどろおどろしい世界だ。
ROMANCEを聴くと昔観た映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」を思い出す。瀕死の吸血鬼レスタトの、古びて色の変わったレースの袖口。しかしBUCK-TICKによるMVは言わずもがな、映画顔負けの美しさなのだが。

「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」

そしてDIABOLOは、もう語彙力も喪失するほどに良い。曲も詞もあっちゃんの歌い方も。
この世かもわからぬ何処かにある盛り場。魑魅魍魎共が夜な夜な興じる歌にダンスに妖しい酒。乾杯を繰り返し嬌声をあげ、今夜も魔王の羽は生贄の血に塗れ、天使が嘆き悲しんでいる…。もう映画化決定だ。
Cabaretの歌唱における表現者・櫻井敦司も筆舌に尽くし難い。
地下の薄暗いCabaretに、一人の歌い手がいる。夜毎彼女(彼?)を恋い慕う聴衆に甘い歌声を聴かせる。酔いしれる客達は、知らずのうちに深い沼に嵌り抜け出せなくなっていく。そんな歌い手自身も心の中で嘲り笑うようで自らの魅力に懸想するものを憎からず思う。まるでBUCK-TICKとリスナーとの関係そのものを描いているのではないだろうか。
アルバムの全曲についての詳しい解釈は調べていないし音楽的に専門的なことはよくわからないが、毎度興奮させられる名盤なのだ。


永野氏のBUCK-TICK愛


芸人永野氏のYouTube「BUCK-TICKの好きな曲10選」を見た。
永野が好きな10曲を終始楽しそうにエピソードを交えて話していたが、時折垣間見せる寂しそうな顔が印象的だった。私はこれまで、彼は今井さんの音楽性に惚れ込んでいて、それがバンドへの興味の大多数を占めているように感じていた。しかしやはり5人丸ごと愛していたような感じがした。ここにも、途轍もない喪失感が滲んでいるように見えた。
失って殊更、得難く素晴らしい存在だったのだと思い知らされる。

間もなく十一月が終わり、師走がやってくる。永く苦しく、考えさせられるひと月だった。
人は死んだら何処にいくのだろう?
才気溢れるひとは、また輪廻転生を繰り返しまた、この世に産まれくるともきく。もしくはこの世ではない、もっと素晴らしいどこかに。
月の輝く美しい世界にまた、逢えることを祈って。

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