捨てられない理由
伊集院光さんがパーソナリティを務めるラジオ番組で「捨てたもの」というテーマで投稿を募集したところ、「卒業アルバムを捨てた」という便りが一番多かったという。伊集院さんは、
「捨てないものだと思い込んでるみたいなところがあって……」
と驚いたそうだ。
これを聞いて、少し前にテレビで菊川怜さんが「場所を取るから卒業アルバムを処分した」と言って、MCやほかの出演者に“非難”されていたことを思い出した。
「それは引きますよ」「最悪や、ひどいですって」と口々に言われていたが、幼稚園から大学までの分となるとけっこうかさばる。おまけに見返す機会はほとんどないから、断捨離の対象にする人がいてもべつに不思議じゃない。
ただ、菊川さんの「自分が写っているところは切り取って残しておく」にはへええと思った。
私が卒業アルバムを開くとき、見たいのは自分単体ではなくみんなの中にいる自分。
「○○ちゃんと仲よかったよなあ。いまどうしてるんだろう」
「そうそう、ここで部活やってたんだよねえ」
自分よりむしろクラスや部活の友だち、好きだった男の子や先生の顔、校舎を見て、懐かしさが込み上げる。
だから私の場合、自分の写真だけを残していても意味がない。トリミングして“周囲”をカットしてしまったら、卒業アルバムの機能は失われてしまうだろう。
思い出の品をためらいなく捨てられる人とそうでない人がいる。
若い頃、別れた人がくれたものや部屋に残していったものをどうしているかという話になると、
「売れるものはお金に換える」
「指輪や時計は使う。物に罪はないもん」
で、それ以外のプレゼントや手紙、写真はゴミ袋行きという人が多かった。
しかし、私は心の整理がつくまでその作業に取りかかることができないタイプ。かといって、“忘れ形見”に囲まれたまま暮らすのはつらすぎる……。そこで、とりあえずなにもかもを段ボール箱に詰め、目に触れないようにするため実家に送った。
マジックペンででかでかと「開封厳禁」と書かれたその箱は失恋するたび増えていき、いまも納戸のどこかにあるはずである。
帰省したら片づけようと思っているうちに二十年も三十年も経ってしまった。もう箱を開けてもセンチメンタルな気持ちになることはないから、なにかの拍子に見つけたら長年の決着をつけるつもりだ。
こんな私がなかば本気で「この先もずっと捨てられなかったらどうしよう」と危惧しているものがある。
中学一年から二十代半ばまで毎日日記を書いていた。とくに大学時代は書きたいことも時間も無限にあったから、大学ノートにびっしり、何ページでも何時間でもひたすら書いた。
その十数年分の日記帳はやはり実家の納戸で“開かずの箱”となっているのであるが、何年か前から「あれをどうにかしなくちゃなあ」が頭をよぎるようになった。
恋愛中のあれやこれやも書いてある、誰にも読まれるわけにいかないシロモノだ。自分の手で確実に処分しなくてはならない。
が、それはまさに言葉でつくったアルバム。開けばそこに当時の私がいて、生活がある。「読み返すこともないだろうから捨てちゃえ」とはならないのだ。
けれども、決心がつかないのは思い出が詰まっているから、だけではない。長い長い時間と手をかけて生まれたものだから、もったいなくて捨てられないのだ。
ブログの終活をしたことがある人にはわかってもらえるかもしれない。こつこつと書いてきた記事を削除することができなくて、ブログを閉鎖してもデータは保管しているという話はよく聞くもの。
ふんぎりがつかないということはまだ手放すときではないのかもなあ……なんて言い訳をして、今年もどうにもしなかった。
さて、二〇二三年も残すところ数時間となりました。
今年一年ありがとうございました。来年ものんびり書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。
みなさん、良いお年を。
【あとがき】
二十代の後半からこうしてweb上で日記を書くようになり、かれこれ二十年以上になります。
私がアクセスの多い少ないにモチベーションを左右されることがない(だからこれだけ長いことつづけてこられた)のは、中学のときから十数年間、誰にも読まれない文章をノートに綴ってきた“キャリア”があるからじゃないかと思っています。いまも、私はひたすら自分が読むために書いている。
だからうちにはコメント欄もサポート(投げ銭)機能もないのです。