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飲茶(ヤムチャ)

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
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※この作品はフィクションです。

「これカラスみたい!」
と、それを指でつまんで娘が言った。
「そうだね……」と、私は笑いながら籠を揺らす。

私は遠くの山を見た。
紹(しょう)が倒れていたのは、あの山の辺りだったと思う。
山間の道は遭難しやすい。
紹を見つけたときの服装と持ち物を見て、北から逃げて来たんだろうと思った。
その近くにも二人ほど倒れていた為、私は仲間を呼んで村まで一緒に運んだが紹以外は助からなかった。
また、そのほかにも崖の下に滑落して死んでいる若い男も見つかった。
亡くなった者たちを
自分の両親と弟だといって、紹が泣いた。
中原(ちゅうげん)は、戦(いくさ)が続き、北の方からこの地域に逃げて来る人たちが多い。
しかし、長旅の末、飢えや疲労で行倒れ(ゆきだおれ)てしまう人も少なくはない。

紹は近所の人の畑を手伝うことになったのだが、農作業というか、力仕事がうまくない……というか、向いてなさそうだった。
鶏を縛るには足腰の力が必要になるのだが、それも無さそうにみえる。
言い方は悪いが、この体躯(たいく)でよく生き残ったものだと思った。
北方で、何をやっていたのか聞いたら、一家で商売をやっていたという。
「ここでの仕事はほぼ畑仕事しか無いぞ」
と言ったら、紹の顔は下を向き、あきらかに元気をなくしたようだった。
めんどくさい奴だなと思ったけれど、気持ちがわからないわけではない。
北方の言葉と、ここの言葉は違う。
私が通訳しなければ、みんなと会話ができない。
やれる仕事も役割も無いとわかったのだ。
気力を奪われてもしかたない。

ある日、鬱々としている日々を送っていた紹が大声を上げた。
初めて、茶を振る舞ったときのことだった。
「茶くらい飲んだことがあるだろう? そんな大きな声をだしてなんだと言うんだい?」
と私が尋ねると
「今まで飲んだ茶とは、全然違う!」
と言うのだ。
「……なにか種類が違うだけなんじゃないか?
全然だなんて大袈裟な…」
と言ったら、
「それだけなら、こんなに黒っぽい色はしていないと思うんだ」
とかなんとか言い
「どんな木から、どういうふうに、作っているのか知りたい」と前のめりに聞いてくるものだから
私は
「教えてもいいが、後悔するぞ?」と答えた。

紹は後悔するという意味を感じていることだろう。
茶畑は険しく長い坂を登った高山にあった。
青い顔をしながら付いてきた紹は、茶の葉を見たり収穫したりするのを見ていた。
収穫した茶を運ぶのを手伝うと言ったが、倒れられると面倒なので断り、茶葉をいれた籠を自分で背負う。
「こうやって長時間、籠で運ぶうちに、茶葉に細かい傷ができる。帰ってからも、茶葉を十分に籠の中で揺らして、その上で、寝かせておくと、茶葉が黒く変色していくんだ。」
紹は熱心に聞いて、茶の作り方を理解していった。

「もっとあのお茶を作るべきだ」と紹が提案してきたが、それに対して私は声を荒げた。
「お前なあ! 山間に畑を切り開くのに、どれだけの労力が必要かわかるか? どれだけ大変なのかわかってないだろ…」
紹は顔をしかめながら続けた。
「力仕事が雑魚な俺が言っても生意気だって思われるのはわかってるけど、あの茶の香りや味は尋常じゃない。この近隣だけじゃなくて、もっと遠くにも売り込めるし、そうしなきゃ! 絶対に高級品として売れるよ!!」

私はさぞかし疑わしそうな顔をしたのだろう。
紹はさらに気負い
「そんな顔をするな!
大きな町で売れば、絶対に高値で売れるんだ!
嘘だと思うなら、今あるだけでいいから、あの茶を売りに行かせてくれ!!」

養父母は、紹が言うことに反対した。
もし仮に茶葉が高く売れる価値のあるものなら、売った金を持って逃げだすのではないかと。
私も、それは考えたが
「あなた方は、命の恩人だ。
裏切るなんてないし、北方にも帰らない。ほかに行きたいとこもない。
ここに骨を埋めるつもりだし、商売人で、詐欺師なんかじゃないし、恩を仇で返す趣味もない。どうにも返せなくて苦しんでたんだ」

そして、私の方を真剣に見つめて言った。
「俺は……小姐(しゃおじぇ……おじょうさん※)と
ここで一生、一緒に生きていきたい……」

……これも私が養父母に通訳しなきゃいけないのか? 私は、顔が熱くなったり複雑な気持ちになったり忙しく固まってしまった。

小さい頃、私は紹と同じように、北方から逃げてきた父と一緒にこの山あいの地域に移って来た。
しかし、父はこの村にたどり着いてから間もなく病で亡くなり私は孤児となった。
そんな折に、子どものいなかった養父母に引き取られて、実の子のようにかわいがられた。
しかし、私は、頑固できついものの言い方をする質(たち)だったからか、いつまでも、独り身だった。
それが、今、こうやって紹の子どもを抱いて、こんな形で北との縁が再開するとは、思ってもみなかった。

「これカラスみたい!」
と、茶葉の一つをつまんで娘が言った。
「そうだね……」と私は笑いながら籠を揺らす。
息子が、それを指差しながら、
「龍にも見える!」
と、言う。
そう言えば。
紹が「商売は名前が大事なんだ。何かこの茶にいい名前をつけられないか」と頭を捻っていたと私は、この光景から思い出した。

※小姐……朗読などで利用していただく場合「しゃおじぇ」が言いにくかったら「お嬢さん」と読んでいただいても構いません。

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