空の足跡(そらのあしあと)
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JiR様
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※この作品は史実をもとにしていますが、フィクションです。
私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇・ボイスドラマで使用できる物語です。
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■登場人物
●が台詞のある登場人物です
●ジョナサン・ローグ
弁護士
●少年時代のジョナサン
●アボット
スミソニアン協会会長
●ウォルコット
スミソニアン協会前会長
●グレン・カーチス
航空技術者
◎ジョージ・ウィラー
カーチスの元部下
◎ソーントン
ロンドン博物協会職員
◎サー・ウィリアム・ドースン
前ロンドン科学博物館館長
◎チャールズ・ラングレー
スミソニアン協会所属の研究者
●ワシントン博物館学芸員/ナレーター
●ワシントン博物館職員
●オーヴィル・ライト
/●ウィルバー・ライト
航空技術者を夢みる自転車屋
ジョナサンは架空の人物ですが
実在した人たちの史実の年齢・年代・出来事は、こんなふうになっています。
参考にしてただけたらと思います。
◆0.プロローグ
【 1 】 ナレーション :
1948年12月17日
ワシントン博物館
(SE)ガヤガヤガヤ……
【 2 】ワシントン博物館 職員 :
いやぁ…すごぃ……
まだ、開館まで1時間以上もあるってーのに
なかなかな行列ができていますよ!
【 3 】ワシントン博物館 学芸員:
そりゃそうですよ
こいつが……20年ぶりにアメリカに帰って来たんですから…
(ため息)……あの人たちに
…一目でもいいから、見せたかったな…
◆1.弁護士
【 4 】 ジョナサン :
弁護士のジョナサン・ローグと申します。
アボット会長、お初にお目にかかり、大変幸栄です。
あぁ、そちらは顧問弁護士の方ですか。
パトリック・シモンズさん……
(握手した感じで)よろしく……
私のことはそうですね
ジョニーと呼んでいただいても構いません。
と、さっそく本題ですが
依頼人のオーヴィル・ライト氏に出会ったのは
私が7歳の頃、
出身地でもあるオハイオ州デイトンででした。
あの頃のデイトンは今と違って活気がありましたね。
中流階級の家の子で、体は弱く、不器用でした。
同年代の子どもたちがプライマリー・スクールに通い始めてからも、自転車に乗れなかったりね。
あれは悔しかった、とても悔しかった!
みんなから
うすのろジョニーとまで言われていたぐらいで
毎日、夕方暗くなるまで練習していたんですが
ある日、自転車のチェーンが切れてしまい、自転車ショップに行くことに。
そしてそれが、ウィルバー・ライト氏とオーヴィル・ライト氏との出会いでした。
◆2.出会い
場面転換(過去 ジョナサン7歳)
【 5 】 オーヴィル :
もぅちっとエンジンをしっかり作れよ!
【 6 】 ウィルバー :
(舌打ち)問題はエンジンじゃないッ!
一番の問題は機体の制御だ!
動翼(どうよく)に問題があることは、わかるんだが……
【 7 】 オーヴィル :
んぅ……カタパルトは?
【 8 】 ウィルバー :
カタパルトも改良の余地があるが、問題はそこじゃないと思う。
推進力でもない。
翼の重さでもない
動翼だ……
どうやったらバランスを制御できるんだ?
このままだと、ちょっとでも変則的な風が吹いたら、
リリエンタール(※)みたいに空の住民になってしまう
【 9 】 (SE) :
(自転車の車輪がきしむ音)
【 10 】 少年の頃のジョナサン :
あの……
【 11 】 オーヴィル :
……ん?
【 12 】 ウィルバー :
ぉ……どうした?
【 13 】 ジョナサン :
……壊れて
【 14 】 ウィルバー :
ああ……チェーンだな。すぐ直る
【 15 】 オーヴィル :
…………おめえさんの心の方を直すのは、
ちょっと時間がかかりそうだな!
どうかしたのかな?
【 16 】 ジョナサン :
え?
【 17 】 オーヴィル :
泣くほど辛えことがあったのか?
泥だらけだし、ほら、涙のあとがある
【 18 】 ジョナサン :
みんな自転車に乗れるのに、僕だけ自転車に乗れないんだ……
【 19 】 オーヴィル :
最初は、誰でもそんなもんさ!
【 20 】 ウィルバー :
そら、
もうできた!
店の前で乗ってみな
【 21 】 ジョナサン :
ぇっ?!
まだ、乗れないよ!
【 22 】 ウィルバー :
ほらほら
転びそうになったら押さえてやるから、な?
【 23 】 ジョナサン :
え…まって?
そんな遠くにいたら……
【 24 】 ウィルバー :
俺の俊足を舐めるなよ?
【 25 】 ジョナサン :
(自転車のSE)
……んぅ……ぅん
(乗るがしばらくして)うぁ、あ、ぁあ、うわぁぁああ
【 26 】 ウィルバー :
うぉっと!(転びそうな自転車を受け止める)
【 27 】 オーヴィル :
…………よかったな
おめえさん、もう少しで乗れるようになるぞ!
【 28 】 ジョナサン :
嘘だ!
【 29 】 オーヴィル :
嘘じゃねえ!
俺たちは、プロだぜ?
どれだけの自転車と自転車乗りを見てきたと思ってるんだ!
自転車乗りは、理屈じゃねえが、
おめえは、もう少しというところまで来ているよ!
あとちょっとで、乗れるようになる!
【 30 】 ジョナサン :
乗れないよ……
【 31 】 ウィルバー :
乗れるよ!
オーヴィルの言う通り心の修理が必要だな……
【 32 】 オーヴィル :
俺たちも
あるものを作って乗りこなす練習をしてるのさ!
それがよ
全然、うまくいかねえっ
(笑う)
でも、絶対に乗りこなしてみせるッ!
【 33 】 ジョナサン :
おじさんたちでも、うまくいかないことがあるの?
【 34 】 オーヴィル :
あぁ、あるとも!
物事は最初から、そうそう、うまくはいかねえよ!
たとえばおめぇは最初から文字を綺麗に書けたか?
ちげぇだろ?
それと似たようなもんだ
【 35 】 ジョナサン :
……えっと……あの……おじさんたちが、作って乗りこなそうとしているあるもの……って?
【 36 】 オーヴィル :
今は、言えねえな
完成したら教えてやるよ
ぁ、そうだ
小さなチャレンジャーを称えて、修理費は出世払いでいいぞッ!
【 37 】 ジョナサン :
しゅっせばらいって?
【 38 】 オーヴィル :
偉くなってから、お金を払ってくれってことだ
【 39 】 ジョナサン :
僕、偉くなんかなれないよ……
【 40 】 ウィルバー :
おい、オーヴィル!
子どもにプレッシャーかけるなよ!
んー(気の入らない返事)
あのな
最初からできないと決めつけたら、
できるはずのこともできなくなる。
俺にもそういう時期があった。
ちゃんと、いろいろなことを確認して、方向性を決めて、
段階を踏んだら、どんなことだって、成功に近づけるもんなんだわ
【 41 】 大人のジョナサン語り :ウィルバーは、元々はアイスホッケーの選手だったが、大怪我をして挫折。<そういう時期>
それで、うつ病になって引きこもり、大学進学を諦めた経歴があり、
機械設計の世界に入って、苦労しながら人生を立て直したことは、あとで知りました。
彼は元々はアイスホッケーの選手だった。
だが、ある時大怪我をして、
挫折せざるを得なかった。
その出来事は彼をうつ病にし
引きこもらせ大学進学を諦めさせた。
けれどこの経歴があったからこそ
機械設計の世界に入って、苦労しながら人生を立て直したのだと
自転車に乗れるようになって大人になった僕は知ったのだ。
◆3.偉業
【 42 】 ジョナサン :
1903年12月17日に起きた出来事。
私は、びっくり仰天しました。
ご存じの通り、ウィルバー・ライトと、オーヴィル・ライトは、とんでもない偉業を成し遂げたんですから。
ただの
飛行機に、空に、夢をみる自転車屋が、
人類史上初めて、飛行機で空を飛んだ。
その頃、私たち家族は、父が転職したので、
デイトンからボルティモアに引っ越していて、
あの愉快なライト兄弟たちとは縁が切れてしまっていました。
私はというと自転車には乗れるようになったけれど
相変わらず、自分に自信が持てなかった。
しかし……ライト兄弟の偉業を知って興奮した。
子どもながら、体が熱くなるのを感じました。
「自分も頑張ろう!」って、心の底から思えましたよ。
その時の気持ちを支えにして、
私は勉強に苦労しても大学に行き弁護士になった。
私はライト兄弟の人生を見つめ続けていました。
でも、偉業が成功したからといって、人生に栄光ばかりがあるわけではない。
天才的な技術や技能があっても、それは世渡りの才能とは、別なものだ。
ライト兄弟が、飛行技術とその特許に関して、
ライバルたちと泥沼のような争いをしているのを、私は悲しく思いながら、見ていました。
ところが、ライト兄弟にとって、もっと、とんでもないことが起きた。
スミソニアン協会は、1914年エアロドーム号の飛行実験を再度行ったと表明した。
私は知らなかったのですが、
ライト兄弟より先駆けて、1903年10月7日と12月10日に、スミソニアン協会所属の高名な研究者だった、チャールズ・ラングレー教授が、エアロドームと名付けた飛行機の実験をしたんだそうですね。
しかし、二度とも失敗してしまった。
その一週間後に、ライト兄弟は人類史上初めての偉業を成し遂げた。
先を越されたラングレー教授とスミソニアン協会は悔しかったでしょうね。
スミソニアン協会とラングレー教授は、アメリカ政府からの支援も受けて
鳴り物入りの実験をしたのに、結果は無残なもの。
教授と協会の権威は地に落ちてしまった。
◆4.企て
【 43 】 ジョナサン :
そして、1914年。もうこのころには、ラングレー教授は亡くなっていて、スミソニアン協会の会長は、チャールズ・ウォルコット氏になっていた。
場面転換 ウォルコット パターンA
【 44 】 ウォルコット :
よく来てくれた……そこへ座ってくれ
【 45 】 カーチス :
そりゃあ、偉大なスミソニアン協会の会長さんに呼ばれれば、誰だって行きますよ……
【 46 】 ウォルコット :
カーチス君、君に相談したいことがある……
【 47 】 カーチス :
相談?
【 48 】 ウォルコット :
エアロドームの再実験をしたい。
【 49 】 カーチス :
エアロドーム? ああ、ライト兄弟に負けた、あのエアロドーム号ですか。今になって?
【 50 】 ウォルコット :
そうだ。我が協会のラングレー博士の苦心したエアロドーム号こそ、世界最初の飛行機なのだ!
人類初の有人飛行の栄誉は、あんなたかが自転車屋が手にしていいものではない!
再飛行実験をしてエアロドームは成功していたと、世間の人々に見せつけるのだ。
エアロドームを飛ばしてくれ!
【 51 】 カーチス :
……図面と資料はありますか?
【 52 】 (SE) :
(机にファイルを置く音)
【 53 】 ウォルコット :
……エアロドームの設計図と当時の記録だ
【 54 】 カーチス :
(ページをめくりながら)ぱっと見た感じでも
かなり難しいですね……
【 55 】 ウォルコット :
難しい? 君は、飛行機業界の第一人者だ。
君ならできるだろう?
【 56 】 カーチス :
……数十か所以上…かなり多くを改造すれば、できなくもないと思いますが。
(よくやるよ、という感じの笑いの混じったため息)金も相当かかりますよ……?
【 57 】 ウォルコット :
構わん! 費用は我が協会が全額負担しよう。
ぜひやってくれ!
それに……君だって、ライト兄弟に一泡吹かせたいだろう?
(場面転換)
場面転換 ウォルコット パターンB
【 44 】 ウォルコット :
よく来てくれました……そこへ座ってください。
【 45 】 カーチス :
そりゃあ、偉大なスミソニアン協会の会長さんに呼ばれれば、誰だって行きますよ……
【 46 】 ウォルコット :
カーチス君、あなたに相談したいことがあるのです……
【 47 】 カーチス :
相談?
【 48 】 ウォルコット :
エアロドームの再実験をします。
【 49 】 カーチス :
エアロドーム? ああ、ライト兄弟に負けた、あのエアロドーム号ですか。今になって?
【 50 】 ウォルコット :
そうです。我が協会のラングレー教授の苦心したエアロドーム号こそ、世界最初の飛行機なのです……
人類初の有人動力飛行の栄誉は、あんなたかが自転車屋が手にしていいものではありません……
再飛行実験をしてエアロドームは成功していたと……世間の人々に見せつけます。
エアロドームを飛ばしてください。
【 51 】 カーチス :
……図面と資料はありますか?
【 52 】 (SE) :
(机にファイルを置く音)
【 53 】 ウォルコット :
……これが、エアロドームの設計図と当時の記録です
【 54 】 カーチス :
(ページをめくりながら)ぱっと見た感じでも
かなり難しいですね……【 55 】 ウォルコット :難しい? 君は、飛行機業界の第一人者ですよね。【 55 】 ウォルコット :
あなたならできるでしょう?
(にやっとしながら)難しい、ですか。
さすがですね
飛行機業界の第一人者。
できないとは言わないと信じていました。
【 56 】 カーチス :
……数十か所以上…かなり多くを改造すれば、できなくもないと思いますが。
(よくやるよ、という感じの笑いの混じったため息)金も相当かかりますよ……?
【 57 】 ウォルコット :
構いません……費用は我が協会が全額負担いたしますから。
ぜひやってください……
それに……(ここからさらに凄みを効かせて)あなただって……ライト兄弟に一泡吹かせたいでしょう?
(笑い)
(場面転換)
【 58 】 ジョナサン :
ウォルコット氏も偉大な研究者でしたが、ライト兄弟の偉業を決して認めなかった。
ライト兄弟のライバルだった航空技術者グレン・カーチス氏と手を組んで、ライト兄弟の偉業を潰しにかかった。
カーチス氏はライト兄弟と飛行技術の特許を巡って、裁判に負け、いったん会社を倒産させられた経緯もあるので
打倒ライト兄弟の思いは強かったでしょうね。
まあ……つまり、
ラングレー教授のエアロドームは
実はライト兄弟の飛行機よりも先に飛べていたんだというふうにしたかったんですね
だから、1914年、カーチス氏が30箇所以上も、改造……改造?
はっはっは、改造というより、こんなもの、まったくの別物ですよ!
その別物で、再飛行実験を行い、
「飛行成功!」と言った。
ご丁寧に飛行実験をした機体は、ラングレー氏が作ったエアロドームと同じ形にまた作り直し、
スミソニアン博物館に現在も、
人類最初の飛行機として展示しているんですよね。
ペテンもここまで来ると傑作だなぁ(笑う)
こんな偽装を重ねて
「ライト兄弟よりも前に、スミソニアン協会とラングレー教授は、人類史上初の飛行機を成功させた!」って、
あなた方は繰り返し繰り返し、宣伝した。
オーヴィル・ライトが、そのたびに抗議したのを黙殺してね。
そのお陰で、世間の人々は、
スミソニアン協会のラングレー教授が、世界で最初の飛行機を作ったと思い込んでいくが皮肉というか悲劇と言うか喜劇というか……
専門家たちは、真実を知っていた。
でも、スミソニアン協会とグレン・カーチスに睨まれるのを業界の人々は恐れ、何も言えないでいた。
この再実験に関わっていた、スミソニアン協会とカーチス氏は、この分野に絶大な影響力を持っていたそうですね。
世渡り下手なライト兄弟と違って、その頃、カーチス氏は政府とともに軍用飛行機を開発しだしたりしてましたからね。
◆5.ロンドンの飛行機
【58-5】ジョナサン:
私も薄々そんなことだろうとは思っていましたが、
具体的な証拠がない。
どうやって立証したらいいかわからなかった。
まあ、釈然としないまま人生を送ってました。
そんなふうに過ごしていた日々のある年……息子とイギリス旅行に行ったのですが、偶然、ロンドンで信じられないものを目にした。
心底、びっくりしました!
ロンドン科学博物館で、ライト兄弟のライトフライヤー号が
人類初の飛行機として展示されていたのですから。
私は、すぐに博物館の館長に会って話を聞きました。先代の博物館の館長、サー・ウィリアム・ドースンが、この手配をしたことがわかり、ご高齢でしたが、まだ健在だったサー・ドースンにも面会して経緯を聞きました。
◆6.経緯
【58-6】ジョナサン:
カーチス氏のもとで働いていた、ジョージ・ウィラーという技師がいたそうですね。
ウィラーは、カーチス氏と意見が対立して解雇された。
そして、エアロドーム再飛行実験の不正に関わったことを後悔していた人物でもあった。
でも、この分野で絶大な影響力のあるカーチス氏の手前、何も言えない。
それで、酒びたりの生活をしていたそうです。
そんなときに、イギリス博物協会から技術視察に来ていたトーマス・ソーントンという人物と知り合った。
知り合ったというか……ソーントンは妙な噂を聞いて、関係者を訪ね歩いていたみたいですが、みんな、その話題に触れたがらない。
ますます、おかしいと思って調べ続けていたら、ウィラーに出会った。
ウィラーはついにソーントンに真実を話した。ソーントンは驚いたそうですよ。
ソーントンは、イギリスで、その話をした。
その話を聞いたロンドン科学博物館のサー・ドースンが
「アメリカのフロンティア精神とやらは、どこに行ったんだ! それは、偉大な先駆者を侮辱するものだ!」
と、大変怒って、ジョージ・ウィラーに事実関係を確認し、
オーヴィル・ライトに打診した。
「私は、誇りを失い、腐敗したアメリカの業界の人たちとは違い、あなたの偉業を高く評価している。
ぜひ、ロンドン科学博物館に、あなたのライトフライヤー号を展示させてほしい」と。
それで、アメリカで偉業を成し遂げたはずの飛行機が、ロンドンで展示されることになった
奇しくも(くしくも)、息子とイギリス旅行をしているとき、私が最初のアメリカ人として
それを見つけた……
運命だったのかもしれませんね。
私は、サー・ドースンに詳しく経緯を聞き、
ウィラーはすでに亡くなっていましたが、
エアロドームを35か所、不正に改造した図面の写しとそのメモを残していて、
それをウィラーの遺族から、私は譲り受けました。
スミソニアンの息がかかっていない専門家に、それらの図面やメモを見てもらい、
間違っていたり、捏造されたりしたものでないことも確認しています。
その上で、私は「ロンドンの飛行機・スミソニアンの飛行機」という寄稿文を新聞社に送ったんです。
それで、世論が大炎上した。
「いったいどうなってるんだ? 嘘をついてるのは、どっちだ?」ってね。
これでも、一応、弁護士の端くれなので、名誉棄損だって、あなた方に訴えられない根拠と物証は、確保していますよ?
◆7.スミートン係数
【58-7】ジョナサン:
ああ……スミートン係数ね…………空気中を動く物体の圧力と速度の関係を表すものでしたっけ?
門外漢なんで、正確じゃないかもしれません。
もし、違ってたら遠慮無く指摘してください。
私も、この件を扱うために、一応勉強はしましたけど。
ええ、シモンズさん…………
あなたがおっしゃる通り、ライト兄弟の設計図を見て、スミートン係数を低く考え過ぎていることを、ラングレー教授は彼らに指摘したそうですね。
ええ……ええ……スミソニアン協会の資料が、たくさんライト兄弟の飛行機開発に使われたのも、もちろん知っていますよ。
ラングレー教授やスミソニアン協会の協力が、ライト兄弟の成功に繋がったのは、否定しません。
はあッ?……ラングレー教授とライト兄弟が、協力して同時に飛行機を開発したことにしてエアロドーム号とライトフライヤー号をスミソニアン博物館に一緒に展示したらどうか、ですって?
◆8.空の住人
【58-8】:ジョナサン
答えは”No!”ですね! 馬鹿にするのもいい加減にしてください!
はッ!…………ラングレー教授やスミソニアンの名誉はどうなるかですって?
それじゃあ、ライト兄弟の名誉はどうなるんですか?
まったく!
誰だって負ければ悔しくて恥ずかしいですよ。
私もたくさん経験してきました。
ただの自転車屋に出し抜かれたのは、偉い先生たちだったら、さぞかし屈辱だったでしょうね。
その上、利権が絡めば、なおさら引くに引けなくなる。
わかります……
ええ……そうですね。
シモンズさんがおっしゃる通り、
航空業界の技術の進歩は早い。
飛行機というフロンティアを切り開いたライト兄弟の技術も、
もはや遥か過去のものになりました。
それでも、
それは彼らが成し遂げた偉業を、不正とごまかしで、貶めていい理由にはなりませんよ。
スミソニアン協会が、世界最大規模の研究と博物活動を行い、人類の知識の普及と向上という使命を果たし続けているのは否定しません。
ラングレー教授は天文学者として、
ウォルコット氏は古生物学者として、
偉大な足跡を残した。
カーチス氏だって、生涯、飛行機とその技術の発展に尽くした。
みんな、懸命に、それぞれの役割を果たした。
それは私も理解しています。
そして、みんな……
ラングレー教授も
ウォルコット氏も
カーチス氏も
ウィルバー・ライトも…………
空の住民になっていった。
航空業界から手を引いたオーヴィル・ライトも、
今や御年70歳のご老体だ。
◆9.伝言
【58-9】ジョナサン:
それでもね。
こうも、思うんですよ。
もし……ラングレー教授が生きていたら、
こんな不正なことまでして偽りの名誉を受けることを望んでいただろうかって……
ライト兄弟はラングレー教授をリスペクトしていたから、教えを顧うた。
ラングレー教授はライト兄弟がリスペクトに値いする人たちだったから、何の義理もない自転車屋に惜しみない協力をした。
そして、それぞれのベストを尽くし結果が出た。
でも、ウォルコット氏とカーチス氏がやらかしたことは、まったく違う。
明らかに不当だ。
事実の捏造なんて、研究者としても技術者としても、人間としても絶対にやってはいけないことだ!
人類への貢献を謳っている(うたっている)スミソニアンなら、なおさらだ!
ゃ、いぇ……わかっていますよッ!
世の中は、不公平だ。理不尽なことがいっぱいある。
私も弁護士だ。
不毛で理不尽な争い、そして、その結末をいっぱい見てきた。
でも、少しでもマシな方向にいたい。
寝覚めが悪くない生き方をしたい。
そう思って今まで生きてきた。
そしてね…
これが、おそらく私の最後の仕事なんです。
最近、体に病気が見つかりましてね……
だから、医者に止められてますが、私の残された時間に間に合うように、大急ぎでこの仕事に励んでるんです。
ロンドン科学博物館の関係者、
そして、ウィラーの遺族をはじめ、当時の関係者への取材と、その資料集めと検証。
私も、いつ神に召されるかわからない。
でも、寝覚めの悪い死に方はしたくないんですよ……
ライト兄弟には返せないほどの人生の借りがありますしね。
……ああ……私が死ぬまでゴネようなんて考えても無駄ですよ?
世論も黙っていないでしょうし、何より、私のあとを引き継いでくれる仲間がいますから。
仲間に、このことを頼んだら
「天下のスミソニアンに喧嘩をふっかけるなんて、ジョニーらしい!
もし、君が死んでも、スミソニアンがゴネ続けているようだったら、彼らに、これでもかってぐらい、後悔させてやるよ!」
って笑って引き受けてくれました。
最後に……私の依頼主である、オーヴィル・ライトからアボット会長への伝言です。
「自分が望むことは、シンプルにただ一つだけ。歴史を正しく修正すること。それだけだ……」
◆10.声明
【 59 】 ナレーション :
1942年スミソニアン協会から次のような異例の発表があった。
【 60 】 アボット :
1914年エアロドーム号の再度の飛行実験と、その結果発表は、数々の間違いがあり無効である。
我がスミソニアン協会は、
1903年12月17日ノースカロライナ州キティホークにおいて
ウィルバー・ライト氏とオーヴィル・ライト氏が人類史上初めての有人動力飛行を成功させたことを認め、称える。
そして、その事実を否定し続けてきたスミソニアン協会の数々な非礼に対して、ウィルバー・ライト氏とオーヴィル・ライト氏に心より謝罪する。
スミソニアン協会 会長 チャールズ・G・アボット
◆11.エピローグ
【 61 】 ナレーション :
1943年
12月8日にジョナサン・ローグは、50歳で
1948年
1月30日に、オーヴィル・ライトは78歳で亡くなった。
二人がアメリカで、再びライトフライヤー号を見ることはなかった。
しかし、その後、ライトフライヤー号は、イギリスから返還され、ライト兄弟の有人飛行成功からちょうど45年目の
1948年12月17日、ワシントン博物館に展示された。
現在、ライトフライヤー号は、スミソニアン協会が管理する国立航空宇宙博物館に展示されている。
(※)リリエンタール……ライト兄弟よりも前に飛行機開発にチャレンジしていたが1891年 落下事故で死亡
※この作品は史実をもとにしていますが、フィクションです。
■ご利用にあたって
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・配信の際は、概要欄または、サムネイルなどに、作品タイトル、作者名、掲載URLのクレジットをお願いいたします。
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・配信の際の物語の内容改変をご希望される場合は、ねこつうまでご相談ください。
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