見出し画像

私の頭を占拠するもの

先日見たフランス映画にハッとするシーンがあった。
主人公は30歳の女性。45歳で裕福な漫画家の恋人の部屋に転がり込む形で同居している。

恋人は子どもが欲しい。主人公は本屋でアルバイトをしながら自分のやりたいことを探している状態で、いま母親になる気はない。
恋人は主人公の気持ちを尊重しつつも、自分の希望を曲げない。ある日ついに口論へと発展する。

主人公が恋人に向かってこう叫んだ。

「あなたはいま自分の手が空いてるから子どもが欲しいだなんて言うけど、新しい漫画のアイデアが湧いたらすぐそっちに集中するんでしょ! 子どもの世話は結局私が全部やることになるんだから!」

このセリフがモニターから聞こえたとき、私は瞬時にギクっとした。子ども云々の話に、ではない。ここだ。

「新しい漫画のアイデアが湧いたらすぐそっちに集中するんでしょ!」

ハラハラしながらその後の展開を見守る私の前で、恋人はやはりほどなくして新しいアイデアに没頭し始め、作業台に貼りつく日々へと突入した。主人公が何を話しかけても答えない。集中力を高めるために、ヘッドフォンで音楽を聞きながら漫画を描いているからだ。

案の定、である。

結局二人の間には子どもはできず、数年後に主人公が恋人の部屋を去る形で破局した。

創作時の没頭。45歳の漫画家の態度は、恋人や家族からしたら言語道断かもしれない。話しかけてるのに返事もしないなんて。ちょっとは家事を手伝ってよ!

すいません。悪気はないんです。ただ創作の波にひとたび乗ったら、まわりから聞こえる音はすべて雑音になってしまうんです。だから耳をふさがざるを得ないのです。

創作に集中するあまり時間を忘れ、時計を見て慌ててスーパーへ行き、パートのおばさんが作った惣菜を食卓に並べるはめになる。あなたの口には合わないかもしれないし、こんな食事が続いてるけど、まあそう機嫌を悪くしないで。

シーツは明日洗濯します。ついでに掃除機もかけます。夜は筑前煮を手作りします。

こんな誓いもひと晩寝たらもう忘れ、朝から机にかじりついて創作の続きをやる。なにしろ私の頭の中はこの創作のアイデアであふれ返っているのだから。家事も家族も二の次になってしまうことを申し訳ないとは思っているのだが、両方きちんとこなせる器用さは私にはない。

夏目漱石の随筆なんかを読むたびにため息が出る。日がな一日こもっていても誰にも文句を言われない書斎が、私も欲しい。

いいなと思ったら応援しよう!

猫野ソラ
最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。