【小説】連綿と続けNo.3
侑芽と高岡は富樫に連れられ
八日町通りにある純喫茶「あいの風」に入った。
席に着くと店主の庄司礼子が声をかけてくる。
礼子)おっ、富樫くん!いらっしゃい。久しぶりやね〜
富樫)ご無沙汰しとります!もう、くたびれてしもたさかい、ちょっこし休憩させて〜
礼子)ええに決まっとるちゃ!それよりこちらのかいらしい(可愛らしい)お嬢さんらは?
富樫)あぁ、そやった!この2人はね、今日から入った新人さんで、一ノ瀬さんと高岡さん!可愛がってやってね〜!意地悪せんでよ〜?
侑芽・高岡)宜しくお願いします!
礼子)意地悪なんてするわけないがいちゃ!それより自己紹介!あらためまして、庄司礼子と申します!いつでも気軽に寄ってかれ!
礼子はモノマネが得意で、客がリクエストすると瞬時にそれに応えて皆を喜ばせているという。最近は藤原紀香のモノマネばかりしているが、これが結構好評らしい。今日も紀香気取りで客に話しかけている。
アイスコーヒーを飲みながら
この後の打ち合わせをしていると、
カランコロンとドアベルが鳴り、
爽やかな雰囲気の青年が入ってくる。
高岡)え……こんな田舎にあんなイケメンいる?
高岡がそんな事を呟き、瞬きを繰り返した。
その男は「どうも」と言いながら
満面の笑顔で富樫に近づいてくる。
富樫)おぉ!西川君や!待ってました!
どうやら富樫の知り合いで、
ここで待ち合わせをしていたらしい。
富樫の隣に座り西川と名乗った。
西川)僕、観光協会でこの地区の担当をしとります。西川一平 いいます。宜しゅうお願いします!
侑芽・高岡)宜しくお願いします!
キラキラした瞳に
真っ白な歯を見せて微笑む西川に、
高岡は釘付けになっている。
そしてさっきまでの仏頂面が一変した。
4人で井波地区の祭りや観光地について話をしていると
富樫が思い出したようにこんな事を言った。
富樫)ということで、一ノ瀬さんはここに残って西川くんについて回って?15時頃にはまた迎えにくるさかい
侑芽)え!?私1人でここに残るんですか?
富樫)そやさかい1人やないって!西川くんという最強のスーパーマンが一緒やさかい大丈夫!
侑芽)でも……
すると高岡が不機嫌になる。
高岡)なんで一ノ瀬さんだけここに残るんですか?可哀想じゃないですか!それなら私がこっちに残りますよ!
高岡は西川と侑芽が2人きりになり、
自分だけ富樫と行動する事が気に食わないらしい。
富樫)そんなこと言われても、一ノ瀬さんはこれからこの地区の担当になるんやさかい、早いうちに慣れた方がええやろ?
侑芽)え?私……その話、まだ聞いてないです
富樫)そりゃそうよ!今初めて言うたもん
高岡)はぁ?どうして一ノ瀬さんが……納得いきません!
富樫)納得いかん言われてもねぇ。一ノ瀬さんは運転免許持っとるし、こっち来るには車乗れんと無理なが。高岡さん免許ないやろ?そやから役所から近い自転車で回れる地区をお願いしようて思うとるの!今からそっち行って僕と挨拶回りやちゃ!
高岡は何も言い返せず、
侑芽を睨みながら不満そうに呟いた。
高岡)なんであんたが……
富樫は会計を済ませて「じゃ、宜しく〜」と
高岡と出て行ってしまった。
侑芽が立ち尽くしていると、
西川が笑顔で励ました。
西川)心配せんで大丈夫ちゃ!僕と一緒にこの辺回って、少しずつ地域に馴染んでいきましょう!
侑芽)はい。宜しくお願いします……
2人が店を出て行くと、
礼子はカウンターに座っていた常連の楠木太郎と目を合わせ
礼子)あの2人、今後何かあるな?
太郎)あるある。若いしな?
2人は探偵のように目を細めた。
そして侑芽は西川に連れられて八日町通りを回った。
西川)次はこの地区でも老舗の工房や
侑芽)工房ですか?
西川)そいが(そう)。井波彫刻を代々受け継いどる「蓬莱屋」さんちゃ
侑芽)蓬莱屋さん?あれ……さっきのとこかな
西川)ん?もう寄ったがけ?
侑芽)いえ、通りかかっただけです
西川)そうけ。ほんなら良かった。今は12代目の皆藤正也さんと、息子さんの航くんがやっとんやけど、昔から瑞泉寺を始め、ここらの寺社の欄間修理なんかを請け負うとる老舗なが。祭りや寺の行事にも関わっとる家やさかい、一応挨拶しとこ!
侑芽)はい
蓬莱屋にやって来ると、
工房が見えるガラス戸の横にある玄関。
その玄関前で西川が大声で呼びかける。
西川)まいどー!おられるけー?
侑芽はそう思いながら、
ガラス戸越しに工房を覗いた。
すると航がさっきと同じ体勢で手元に集中し、
何かを削っている
すると航の母・歌子が出てきた。
歌子)あれ!?一平くんでないの!久しぶりやねー!そくさいやった?
西川)おかげさんで、何とかやっとります!
大声で歌子と西川が立ち話を始める。
その声で集中が途切れたのか
工房で仕事をしていた航が急に顔を上げ、
ガラス戸越しで侑芽と目が合った。
侑芽は目が合った事に驚いて
目を見開いたまま頭を下げた。
すると航は眉間にシワを寄せ、
侑芽を睨みつけた。
侑芽)え……
その目は冷たく、
恨みを感じるような鋭い眼差しだった。