【小説】連綿と続け No.36
航)そうや……
航は何かを思いつき、
それを実現する為に日々の仕事の後、
毎日工房に残り“ある物”を作っている。
そんな息子の姿をこっそり見ていた両親は
首を傾げながら
歌子)航、何やっとんが?
正也)なんや作りたいもんがあるらしゅうて。何作るか聞いても言わんのちゃ
歌子)へぇ〜。前は注文受けたもんしか作らんかったがに。何か自分からやりたいて思うたいう事やね?
正也)そうちゃのう。それにしてもアイツ、変わったのう?やっぱり侑芽ちゃんの影響け?恋っちゅうんは凄いのう!
歌子)こうなったら早う所帯持ってくれたら、なお嬉しいんやけどね?
正也)そいがそいが!けど侑芽ちゃんは就職したばっかしやさかい、あんまり焦らんと見守ろうや
歌子)そうちゃね!
一方、侑芽は、
井波で開催されるマルシェの準備を始めていた。
これは市と観光協会が合同で行うイベントで、
市民と観光客を繋ぐ目的で開催される。
マルシェとは、
様々なお店が出店する
言わばフリーマーケットの事である。
骨董品や手作りのお菓子、
産直野菜など様々な店が出る。
その打ち合わせで、
侑芽は久しぶりに西川と顔を合わせた。
西川と会うのはあの時以来である。
打ち合わせ場所は
純喫茶「あいの風」だ。
店に入ると、
少し気まずそうに西川に挨拶する侑芽。
侑芽)先日はありがとうございました
西川)おっ!元気そうやね?良かった。あの時、ちょっこし痩せてしもたと思うて心配しとったが!けどもう大丈夫なんか?
侑芽)はい。おかげさまでピンピンしてます!
西川)そら良かったわ!それと……航とはあれから、仲良うしとんがけ?
侑芽)はい。あの時はちょっと色々あって……でも今は元通りになれました!
西川)そうけ。ほんなら良かった。あんなこと言うてしもたさかい、どう思われたがかわからんけど、俺は…その…
侑芽)わかってます!心配して言ってくださったんですよね?なので、これからも宜しくお願いします!
西川)おぉ!そ、そうや!これからも何でも言うてや?俺の事はお兄ちゃんやと思うてええさかい!
侑芽)はい!
同じ頃、
皆藤家に来客があった。
山崎)まいどはや〜!おられるけ?
爽やかに入ってきたのは、
以前、皆藤家で修行をしていた
正也の弟子である山崎洋平である。
彼は結婚を機に独立し、
今はここから少し離れた
自宅兼工房で仕事をしている。
航が彫刻の仕事を始めた頃、
基礎から教えたのは父ではなく、
この山崎であった。
歌子)あら!山ちゃんやない!久しぶりやね?
正也)おぉ!そくさいけ?
山崎)はい!おかげさんで!なかなか顔だせんですんませんでした。今日はマルシェの件で、さっきまで西川くんと打ち合わせしとって
山崎は40代半ばのイケメンで、
航にとって憧れの存在であり、
師匠ともいうべき人物だ。
航は子供の頃から
自分が跡継ぎであることはわかっていたが、
彫刻に興味もなく悶々としていた。
だが山崎が入り、
彼が工房で仕事をしている姿に憧れ、
この仕事を始めたというのが本音であった。
山崎)航、おらんみたいやけど、納品け?
歌子)そうなが!夕方には戻ってくるはずちゃ。それより山ちゃん聞いて?航のやつ、可愛い彼女が出来たのちゃ!
山崎)ほんとに?航が恋愛するようになったがけ〜。そら感慨深い!
正也)あないにいつも仏頂面やったがに、彼女来るとアイツ、嬉しそうにハニかむんやぞ?
山崎)ハニかむ!?航が!?そら見てみたいわ!
正也)たぶんその子、もうすぐ来るさかい、ちょっこしここで待っとれ!
山崎)へぇ。ほしたらそうさせてもらいます!
3人は山崎の近況や
航の話で盛り上がった。
山崎)そう言えばついこの前、航から連絡がきたがやけど、なんや「ウッドリング」いうんを作りたいて言うてきて
正也・歌子)ウッドリング!?
山崎)そいがそいが。その作り方知らんか?て聞かれたがやけど、俺は作ったことないさかい、そん時は「知らん」て答えて。けどそのあと気になってしもて、俺なりに色々調べてきたがです
正也)ほぉ……。なんやアイツ、俺にはそんなん何も聞いてこなんだ
歌子)そもそも、ウッドリングて何?
山崎)木で作った指輪ですちゃ
歌子)木の指輪?そんなんあるが?
正也)なんでまたそんなもんを……
山崎)俺もそう思うて不思議やったがやけど……今ようやくわかったわ!
正也・歌子)ん?何々?
山崎)その彼女に、渡したいんやな!
それを聞き
正也と歌子は驚きながらも腑に落ちた。
そして「ふぁ〜〜!!」
と叫びながら後ろに倒れた。
山崎の読み通り、
航がここ最近こん詰めながら作っていたのは、
侑芽に渡すためのウッドリングだ。
木彫刻を施した
世界に一つしかないペアリングを、
航は必死になって作ろうとしている。
その事実を知った3人は、
航の劇的な変化を喜んだ。
そんな事は全く知らない侑芽が
皆藤家に顔を出す。
侑芽)こんにちは〜!
ノリノリの3人は
桂文枝風に声を揃えてこう言った。
3人)いらっしゃ〜い!!