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【小説】連綿と続けNo.7
それから数日間、
侑芽は井波よいやさ祭りのパンフレット作りに取り掛かっていた。
デスクワークをしていると、
外回りから戻ってきた高岡が
隣の席にどかっと座り大きな溜め息を吐いた。
高岡)はぁ……そりゃあ誰かさんはやる気になるよねー。あんなイケメンと一緒に仕事できるんだからさー。あたしなんて自転車で走り回って、爺さん婆さんの話を延々と聞かされたり、富樫さんから雑用任されたり…ほんっと不公平だわー
侑芽)私だって怒鳴られたり…色々あるんだよ?楽しい事ばっかりじゃないよ
高岡)じゃあ私と代わってよ!運転免許とるから!
侑芽)今任されてる仕事を放り出すわけにはいかないよ。最後まで責任持ってやらないと…
高岡)ふ〜ん…意外と真面目なんだ。ただの腰掛けだと思ってた
侑芽)腰掛けなんて…そんな気持ちでこんな所まで来ないよ
高岡)じゃあ何で来たの?こんな所まで
侑芽)大学で勉強したこと活かしたかったの
侑芽は東京都武蔵野市にある大学で地域デザインについて学んでいた。いわゆる街づくりや地方経済を学んでいたのだ。そして武蔵野市と友好都市であるこの南砺市を勧められたのが就職のきっかけだった
高岡)へぇ…意外と明確な理由でびっくりだわ…
侑芽)色々あるけど、お互い頑張ろ?
そう言って微笑むと
高岡は面食らったような顔を見せた。
高岡)うん…でも、抜け駆けは厳禁ね?
侑芽)抜け駆け?…なんのこと?
高岡)だから、そんなこと言っておいて、私より先に寿退職したら許さないからってこと!
よくわからない同期からの牽制に
侑芽は首を傾げた。
この日の夕方、井波ではこんなことが起こっていた。
高木)まいどはや〜!
高木のおばちゃんが皆藤家にやって来た。
すると奥から歌子が出てくる。
歌子)高木さんやないの!どうしたが?
高木)いやねぇ…お節介やて思うたがやけど…。ほら、この家も伝統ある家やし、そろそろ航くんのお嫁さん見つけんにゃ絶えてまうやろう?やさかい、もし今ええ人がおらんがやったら、見合いなんてどうかて思うてね
どうやら縁談を持ってきたらしい。
高木はこの手の話をいくつもまとめてきた
その道のプロである。
だから玄関先でセールスマン顔負けのプレゼンをしだし
見合い写真を広げながら歌子を丸め込んでいる。
工房にいる正也と航にもその話は丸聞こえで、
航は面倒くさそうに顔をしかめている。
正也はそれを面白がった。
正也)おい、お前に縁談やて!
航)そんなんええて。それにまだ結婚どころやない!
正也)まぁそう言わず、写真だけでも見るだけ見てみろちゃ!
航)ええって言うとるが!
工房でそんな話を男達がしているが
歌子は完全に乗り気になっている。
歌子)あら〜!いいんでない!?可愛いお嬢さんやわ〜!けど…うちの息子には勿体ない話やわ…
高木)な〜ん!そんなことないって!この子はねぇ、高岡の鋳物職人の娘さんで、職人の仕事は充分理解しとるはずやちゃ。歳もそんなに変わらんし、航くんさえ良ければ進めてもええけ?
歌子)けど…航がなんて言うか…
見合い写真を持って歌子が工房に入ると
航は背を向けたまま声を荒げた。
航)断る!自分のことは自分で決めるさかい!
そう言ってろくに話も聞かなかった。
玄関先でそれを耳にした高木は
高木)やっぱね〜…こうなると思うとったがやけど、早うせんと跡取りが居んくなってまうて思うのちゃ…
歌子)せっかくええ話持って来られたがに、ほんと…かんにね?
高木と歌子が肩を落としながらその話は終わった。
正也もがっかりしつつ
正也)お前ももう30になったんやさかい、少しは考え?無理に見合いしろとは言わんが、ええ人が現れたら、早うなんとかせえよ?
航)わかっとるて…
航が気まずそうに頭をポリポリかいていると、
玄関先でモジモジと入りづらそうにしている侑芽が
ガラス戸越しで視界に飛び込んできた。
航)ん?何をしとるんや…
歌子が侑芽に気がつき外に出て行く。
歌子)あれ?あなたこの前の!どうしたが?何かうちに用?
侑芽)突然すいません…!今お取り込み中かなって思って…
侑芽は高木が縁談話をしていた時から外にいた。
だが例の話を聞いてしまい、入りずらいまま佇んでいた。
歌子)あっ!今の聞かれちゃった?アハハハ!恥ずかしい話でしょう?うちのダラ息子がねぇ(笑)
侑芽)いえ…私、何も聞いていません!
侑芽は祭りのパンフレットを配りに来ていた。
最後の1枚を皆藤家に届けに来たのだ。
それを渡して帰ろうとすると
歌子)わざわざおおきにね〜。そうや!もうお仕事終わり?
時刻は16時を回っていた。
近所では夕飯の支度が始まり、
どこからともなく美味しそうな匂いが漂い始めている。
侑芽)はい。車を役所に戻したら帰ります。
歌子)ほんなら今夜、うちで一緒に夕飯どう?航ももう仕事終わるし、役所まで一緒に行かせるさかい!
まさかの誘いに侑芽は言葉を詰まらせた。
それを聞いた航は慌てて出てきて
航)母さん!勝手にそんなこと言うなちゃ!かえって迷惑やろ!
歌子)迷惑?
侑芽)いえ、そんなことは…!ですがそんな厚かましいことはできませんので…
正也)なん!遠慮せんで寄ってかれ!帰りも航に送らせるさかい。ほれに1人で食べるよりも皆んなで食うた方が美味いちゃ!
航はしぶしぶといった様子で車を出し
侑芽が運転する公用車を追いかけ役所に向かった。
侑芽)なんか…すみません…
役所から航の車に乗り井波に引き返している車内で
侑芽は申し訳なさそうにしている。
航)かえってこっちこそすまん。うちの親が無理言うてしもうて…本当は嫌ながやろ?
侑芽)いえ。こっちに来てから1人でご飯食べるの寂しかったので嬉しいです!
航)そんならええがやけど…
夕暮れの農道を
2人が乗った車が走り抜けていった。