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【小説】連綿と続けNo.1
富山県南西部にある南砺市で
とある男女の運命が動きだした
2021年4月1日
南砺市役所・入庁式
市長)え〜、富山県の中でも、我が街は世界遺産に認定された五箇山を有する市です。そやから実質、立山や黒部よりも世界的に有名な土地ながです。やさかい皆さんには誇りをもって、さらなる市の発展に貢献していただきたい。そんな風に思うとります。
市長である壇之浦虎吉の
長い訓話を聞かされている新規採用職員達。
皆、真新しい黒いスーツに身を包み、
真剣な面持ちで市長の話に耳を傾けている。
その中に地元出身者ではない1人の女性がいる。
一ノ瀬侑芽22歳。
目を輝かせながらも、
緊張と不安が入り混じったような表情をしている。
入庁式が終わり、
正式に配属が決まった観光推進課に向かう。
観光推進課とは、
市の観光情報を発信しながら、
観光地の様々な問題解決に取り組む部署である。
課長である黒岩しのぶが、
侑芽とその同期である高岡恵を紹介する。
黒岩)皆んな、ちょっこし集まって〜。新人さんを紹介するがいちゃ
黒岩はちゃきちゃきしていて、
どこか江戸っ子の雰囲気がある人だ。
女性としては異例のスピードで出世を遂げている
キャリアウーマンである。
その黒岩に声をかけられて
同じ課の職員達が集まってくる。
20名ほどいるその人達から注目されながら
新人2人は自己紹介をする。
侑芽)初めまして。東京都八王子市から参りました、一ノ瀬侑芽と申します。右も左もわかりませんが、精一杯頑張ります。どうぞ宜しくお願いします。
高岡)高岡恵と申します。千葉県市川市から参りました。宜しくお願いします。
2人が挨拶すると「東京!?」と周囲が騒つく。
それは地元出身者が大半を占める職員の中で、
県外からの採用が珍しい事だからだ。
それも東京からというのは
極めて異例であるから、
職員一同、驚きを隠せなかった。
東京都出身の侑芽にばかり注目がいき、
高岡は面白くなさそうである。
高岡)東京って言っても、八王子でしょ?
そう呟き小さく舌打ちをする。
侑芽はそれに気付き、首を傾げた。
そんな騒めきの中、
黒岩は手をパンパンと叩き
黒岩)ほらほら!新人さんらが驚くでしょう?これからは、外から来た人の目線も大切やて思う。ずっとこの街におると、良いところも悪いところも見えんくなってしまう。そやから今年から新しい目でこの街を見てもらおう思うて、地元出身者でないこの人達に来てもろたが。まだここらのこと何もわからんさかい、皆んな優しゅう教えてあげられ
一同)は〜い
そして新人教育係の
富樫という男性職員を紹介される。
黒岩)こちらがこれからあなた達に色々な事を教えてくれる富樫君。もうこの仕事長いさかい、街の事は隅から隅まで知り尽くしとるベテランや。わからん事は富樫君に何でも聞かれま
富樫は満面の笑顔で自己紹介を始める。
富樫)初めまして!富樫義経と申します!45歳!妻1人娘2人を養うスーパー育メンサラリーマンです!よろしく〜!
そう言って特撮ヒーローのような決めポーズをとる。
2人はそのユニークな自己紹介に圧倒され目を丸くした。
侑芽・高岡)……宜しくお願いします
富樫はどことなくオネエ風の話し方をし、
面白そうな雰囲気の人物だった。
そこでようやく2人の緊張がほぐれた。
まずは富樫の運転で
市内の観光に携わる人達に挨拶回りをする。
それが最初の仕事だと言う。
その車に乗り込む前、
高岡が侑芽に向かって不機嫌そうに話しかける。
高岡)あのさぁ、最初に言っておきたい事があるんだけど
侑芽)なんですか?
高岡)あんた、八王子出身って言ったよね?
侑芽)そうですけど……
高岡)八王子ごときで東京人ぶらないでよね?言っとくけど、市川の方が断然都心に近いんだから!
侑芽)えっと……はい?
高岡)知らないと思うけど、八王子よりも市川の方が東京駅に着くの断然早いの!だから私が千葉出身だからって馬鹿にしないでよね!
そう吐き捨てて
侑芽を追い越し富樫の車に乗り込んでいく。
その剣幕に圧倒されている侑芽は、
呆然としながら届かぬ声で言い返す。
侑芽)え……馬鹿になんかしてないよ
出だしから同期に思わぬ敵意を向けられ、
ここで上手くやっていけるのかと
不安なスタートとなった。
役所から少し離れると、
長閑な田園風景が広がる。
水田や田畑が広大な平野に広がり、
間もなく始まる田植えに備えて、
農家の人々が忙しそうに働いている。
ここは砺波平野である。
平野に散らばるようにして
家がポツリポツリと離れて建っている。
よく見ると家の周りを囲むように、
大きな木々が立ち並んでいる。
富樫)都会から来た人らには珍しい風景でしょう?砺波平野の散居村やちゃ!
侑芽)散居村ってこの事でしたか。少し調べては来たんですけど……
高岡)はぁ?そんな事も知らないで来たの?私はとっくに知ってたけどね!
いちいち噛みついてくる高岡。
だが侑芽は「気にしない気にしない」と心の中で唱える。
侑芽)すごいね!私は勉強不足で
富樫)大丈夫やって!これから1つずつ覚えていこ!
そう励まされながらも、
本当にここでやっていけるのかと
不安でいっぱいになっていた。