【小説】連綿と続け No.38
侑芽が頻繁に泊まりにくるようになり、
徐々に航の家に侑芽の物が増えていく。
洗面台には歯ブラシが2本並び、
茶碗やコップ、部屋着や化粧品など、
いつでも泊まれるようになっていた。
航はそれが嬉しくて、
侑芽が居ない時でも
その存在を感じられるから寂しくなる事が減り、
以前よりもメンタルが安定していることに
自分でも気づいている。
侑芽も段々と居心地が良くなり、
当たり前のようにこの空間に溶けこんでいる。
“もう一緒に暮らしてもいいと思っている”
航からそう言われた侑芽は
侑芽)え!?く、暮らすって……
航)嫌か?
侑芽)嫌じゃないですけど、仕事もありますし…
航)送り迎えくらいするちゃ
侑芽)そんなの大変ですって!それに送り迎えって、幼児じゃないんですから!
そう言って真っ赤になった顔に、
両手でパタパタと風を送っている。
航はそんな彼女を見てクシャッと笑う。
航)まぁ、考えといて?
眠る前に
ベッドで寄り添う。
侑芽)今度、マルシェの件で航さんのお爺様とお婆様にもお話を伺ってこようと思ってます
航)なんでうちの爺ちゃんと婆ちゃんなが?何も参考にならんと思うけど
侑芽)そんなことないです!私、何か大事なことを見落としてるんじゃないかなって。だから、この街で長く暮らしている方のご意見を聞いてみたいんです
ベッドの中でも仕事の話をする侑芽に
航は呆れながら
航)わかった。今度の休み、一緒に行こ?
侑芽)一緒に?わぁ!嬉しいです!
抱き合って眠りにつく2人。
社会に出たばかりの侑芽は、
慣れない仕事に必死だった。
航はそんな侑芽を理解し、
支えてやりたいと思っている。
そして週末、
航の祖父母の家に行く。
屋敷林に囲まれた屋敷に入ると、
正信と糸子が待ち構えていた。
正信)おぉ、航け!久しぶりやなぁ!そくさいけ?
航)うん。久しぶり。爺ちゃんも婆ちゃんも変わりないがけ?
正信)おぉ、元気元気!田植えも終わって、今は畑で忙しゅうしとる!
そこで航の後ろに隠れていた侑芽が
ひょっこり顔を出す。
侑芽)ご無沙汰しております。お忙しい時期にお邪魔してしまい、申し訳ございません!
侑芽は手土産を渡した。
この日の為に実家から送ってもらった
八王子銘菓の高尾ポテトだ。
これは八王子産のサツマイモを使ったスイートポテトである。
糸子)まあまあ!きのどくなぁ!
「きのどくな」とは、
富山弁で「申し訳ない」や「ありがとう」という意味の言葉である。
茶を出され、
4人で話を始めた。
航)今度マルシェいうイベントがあるんやて
糸子)マルシェて何?
航)色んな店を出して、来た人らに買い物やら体験を楽しんでもらう、祭りみたいな事をやるがいちゃ。
航がマルシェの説明を
詳しく聞かせると
正信)ほぉ、そら面白そうや!
糸子)どんな店が出るが?
侑芽)今のところ、手作りのバックやアクセサリー、お野菜やお酒、味噌、骨董品を扱うお店、それから山崎さんが木彫刻の実演をしてくださったり、10店舗の出店が決まっています
正信)そらええのう!うちらもよばれよか(行ってみようか)
糸子)そいがそいが!楽しみやねぇ
航)けど、あと10店舗くらいは必要なが。初めての事やさかい、なかなか手を挙げる人がおらんらしゅうて
侑芽)そうなんです。お声をかけても断られてしまって…
侑芽が肩を落とす。
その姿に正信と糸子は
ようやく2人がここに来た意味を理解した。
正信)ほんで侑芽ちゃんは、このマルシェいうんをどうしたいて思うとんが?
侑芽)え?どうしたいって……
糸子)例えばね、観光客の人らに喜んでもらいたいがけ?ほれとも地域の人らに喜んでほしいが?
思わぬ質問をされて
考え込んでしまう侑芽。
侑芽)う〜ん……市民の皆さんにも観光客の皆さんにも喜んでいただきたいです。欲張りでしょうか
正信)ほれはなかなか難しい事やなぁ。観光客を喜ばせるだけやったら、「おもてなし」の気持ちで、売り手側が採算度外視でやればええだけやけど、出店者側にもある程度の勝算がないと参加してもらえんと思う。どうしたらええかのう……
正信は侑芽や航と一緒に
「う〜ん」と項垂れてしまった。
しかし糸子だけはけろっとしている。
糸子)なん!なんなん!難しゅう考え過ぎやちゃ!
正信)ほんなら何かええ方法があるが?
糸子)うん。まずは誰もが行きたいて思うような仕掛けを作るのちゃ
航・侑芽)仕掛け?
糸子)そうちゃねぇ。例えば面白い映画て、予告だけで「え?どうなるが!?」って惹きつけられて、つい映画館に行ってまうやろう?
航と侑芽は頷きながら糸子の話に聞き入る。
糸子)そやさかい、予告を見せてイメージさせるのちゃ
正信)予告?あ〜そう言うことけ!
航)ん?ようわからん……
正信)そやさかい、もう決まっとる出店者らに、ちょっこし取材させてもろて、ほれをビデオかなんかに撮って映像にする。ほんでな、出店を迷うとる人らにそれ見せて「この人が出るならうちも」とか「面白そうや」て思わせるっちゅー算段やな?
糸子)そいがそいが〜!
侑芽)それいいかもです!
糸子)まずはね、お客様の前に地元の人らの興味を引かせる事が先ちゃ!
航)なるほどな
正信)人っちゅーがは耳にするだけやのうて、実際に目で見たもんでないと、なかなかすぐには理解できん。特に我々のように年寄りはな?
糸子)まぁ口にするだけやったら簡単ちゃ。それを形にするがは大変なことやさかい、あんまり無理せんでちょうだいね?
侑芽)はい。すごく勉強になりました!
話がまとまってきたところで、
糸子はニコニコしながら
2人にこんな質問をした。
糸子)次は私から質問してもええけ?
航)何?
糸子)あんた達はもう、将来の約束はしたが?
航・侑芽)…!?
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