また来てしまった。 僕はため息をつきながらいつもの絵の前に立った。 日本から留学に来ていたルームメイトがどうしても行きたいと一緒に行ったメトロポリタン美術館で、この絵のことを思い出したのだ。 「これ、僕のじいちゃんにそっくりなんだよ。」 「マジで?髭すげえな。」 その時はそんな会話をしただけだった。 大学を卒業し、ニューヨークで働くようになってからもたまにここに来ている。というより、自然と足が向いてしまうのだ。 絵の中のじいちゃんはダンマリで、僕が何かを問いかけても
パシッ!パシッ! 朝から何度叩いただろう。 叩く割には捕まえられず、また叩くの繰り返しが嫌になり部屋へ戻る。 真夏は夕方から活動していた庭の蚊達も、暑さがやわらいできたからか、昼前から活発に餌を求めて飛び回るようになった。 その動きの素早さといったら、水を得た魚のようだ。 蚊の世界では、私は有名人だ。 庭に限らずどこへ行っても、誰よりも先に私に蚊が集まってくるのだ。 私がいれば蚊取り線香はいらないと言われるのも納得するほどで、誰もが認める人気者なのだ。 恐らく、ファンクラ
とうとう明日になってしまった。 手放す日が近づくにつれ、私はかつての相棒と一緒にどこの国へ旅に出たのか思い出せない事に気が付いた。 一番小さいコインロッカーに入るサイズのスーツケース。 長くても2泊3日程度の旅の相棒だったはずだ。 大学生の頃、海外旅行に目覚めた。 韓国や台湾などのアジア旅行用に、初めて自分で稼いだお金でブラウンの小さなスーツケースを購入したのだ。 出来る限り小さく荷物をまとめ、お土産用のチャック付きカバンを詰め込んでは近場のアジアを旅する。 仕事で出張
今回で3回目、また来てしまった。 「何してるんだろう、私。」 終わった後には必ずと言っていい程、暗い地面を見ながらそう思う。 パーティーが始まれば、お互いに関心のあるふりをしながら会話をし、心の奥底を隠すようなジョークや笑顔の嵐だ。 こんなんで出会いなんてあるのだろうか?そう思わずにはいられない。 それなのに、今回こそは楽しいと思える相手に会えるのではないか? という期待を毎回してしまい、ポチッと申し込むのだ。 パーティーが終わった後は、帰り道や翌日に食事のお誘いのメ
今日も蚊に襲われた。 ここ1、2週間は庭に出ると蚊達の格好の餌となるのだ。 蚊の活動の活発さを見ると夏の終わりを感じるが、そうとも思えない蒸し暑さで肌は一日中じっとりとしていた。 秋と言うには気持ちがついて来ないが、今日は「中秋の名月」らしい。 「満月の日は気持ちがざわつく」と随分と昔に何かの雑誌で読んだことがあるが、それはあながち間違っていないだろう。 家族や友人と会えば、何かを感じているのかお互いにいつも以上にお喋りが止まらない。 フォローしているSNSやチャンネ
ざわつく劇場のホワイエは、既に老若男女が集まっている。 夜からの「あれ」に備えて空腹を満たすため、食べ物を扱っているブースをまず探す。 コーヒーブース、お土産ブース、関連商品のブースを通り過ぎた。 食べ物のブースは、小さなパン屋と果物屋だけだ。 本当はおにぎり等の腹持ちの良いものが食べたかったが、生憎この場にはない。近くにコンビニもない。限られた選択肢の中から私は、いかにも体に良さそうな米粉のカレーパンとココナッツクリームパンを購入した。 音楽を奏でて踊る人々、お喋りを
休日の行きつけのカフェはいつも満席だ。 近くに商業施設があることもあり、ご近所さんが集まるというよりは全国から様々な人が集っているのが常である。 やっとのことで見つけた空席に座ると、隣席ではカップルがコーヒーとケーキを味わっていた。その装いから、結婚式への参列後だったようだ。 難読な本を読むにはカフェが良い。 適度な騒音がBGMとなり、本の世界に没頭できる気がするからだ。 今日持ってきた本は、ここ最近で3本の指に入るほどの難読書である。全体像を把握するのにも、詳細をイメ
instagramを見ていると、今まで調べもしなかったジャンルの投稿がタイムラインに登場することがある。想像するに、流行りのAIが性別年齢からおススメ投稿をチョイスしてくれているのだろう。 ある時、珍しく気になった投稿があった。 それがTiny Houseだ。 写真を見るとよくある一軒家とは異なり、小さな作業小屋の様に見える"それ"がTiny Houseで、どうやられっきとした家なのだそうだ。 家なのだからキッチン、バスルーム、リビング、ベッドなどが必要になる。ちゃんと敷
「今日のお洋服には、こちらの方がお似合いですよ。」 レースアップブーツを履いた私をふわっと見ながら店員さんは淡々とした様子で言う。 自分でもわかっているのだ。今日のボーイッシュな服装には、レースアップブーツがしっくりくる。見るからにお洒落な人だ。しかし、いつもこのテイストの服装かと言うとそうではない。 シフォンワンピースを着る日もあれば、レトロファッションの日もある。気分で服のスタイルが変わっても、違和感無く履ける万能なブーツを探しに来たのだ。 思い返すと、昨年で履きつ
Note生活も一週間。 文章を書く、言葉を紡ぐ日々を送ることで、これまで気にも留めなかったものが気になり始めた。 歌の歌詞だ。 普段から音楽は聴くが、作業用BGMのようにメロディーだけのジャズやボサノバばかり。世間で流行りの音楽も、メロディーはわかるが歌詞は全く知らない。 私はそんな表面をなぞるだけのタイプの人間として生きてきたのだ。 それで不自由はしていなかった。 その日は、テレビを点けるとシンガーソングライターの星野源さんが出演されていた。 これから歌う曲は、ご自身
「私、どうぶつの森が好きなの。」 ゲームを全くしない私にそう話してくれた70代と思われる女性は、その面白さを少女のようなキラキラした目で紹介してくれた。 女性の言うどうぶつの森は、「あつまれどうぶつの森」というゲームのことだ。 ゲーム内にある自分の島でマイホームを建てたり畑を作ったりするのはもちろんのこと、株や商品売買などの経済活動も行えるゲームだそうだ。 島の所有者の許可が下りれば、飛行機に乗って別の島に遊びに行くこともできるらしい。 何だか世界一周旅行も簡単に出来
毎日の仕事終わり、珈琲を丁寧にハンドドリップしその香りを楽しんでいる。 いや、近頃やっと楽しめるようになってきたというのが正解だ。 これまで珈琲について何かを学んできた訳ではない。 好きな人に美味しい珈琲の一杯も淹れられない自分にガッカリし、せめて淹れ方だけでも身に付けたいと、珈琲販売の短期アルバイトを一ヶ月間だけ行ったのだ。 一年前のことである。 アルバイト先では、珈琲を淹れる機会は残念ながら無かった。 しかし、賄いの珈琲を飲むたびに「美味しい!」と感動していたのが良か
あらゆるSNSで見られる「♡」マーク。 その隣の数字をあなたは気にしたことがあるだろうか? 私には癖がある。 それは、あらゆるキリ番やゾロ目を狙ってしまうという癖だ。 SNSを見ている時、内容が好きな投稿にはもちろん「♡」マークをポチっと押す。これは一般的なことだろう。 しかしそれに加えて、「99」「332」等のあと1つの「♡」でキリ番やゾロ目になる数字を見かけると、どうしてもポチっと押さずにはいられない衝動に駆られるのだ。 誰にも先を越されずに「100」「333」の数
「熱くなる」というような経験を、私は物心がついて以降した記憶がない。 没頭する、目の前の物事をこなすために一生懸命に取り組むという経験はあるが、何かのために「熱くなる」とは少し違うだろう。 涙腺が緩くなった近頃は、24時間テレビのようなテレビ番組を見ると100%と言ってよいほどに涙が流れてしまう。ハンディキャップを持った方々の熱の込められた頑張り、芸能人がそんな方々の成功を祈り一緒に取り組む熱い気持ち。それらに心を打たれて自然と涙が溢れてくるのだ。 全くもって不思議なこと
人が集まる機会が増えてきた今日この頃。全ての機会に参加するのは至難の業であり、どう頑張っても必ず「お断り」のシーンが発生してしまうのが、「お断り」が苦手な私には辛く悩みどころである。 ここで、あなたが集まりの主催者だとする。あなたが「お断り」されて気持ち良いのはどちらの「お断り」だろうか? 「次回、ご一緒させてください!」 「仕事が忙しく、しばらく顔を出せません。」 私は断然後者の方が心地よく、爽やかさと誠実さを感じる。 前者の場合、相手方がそれほど参加したいと思っ
私は小さな家に住む、所謂一般人。世間ではサスティナブル、SDGsなどのワードをよく聞くけれど、「未来のために今できる事」がどうにも思いつかずに今日まで過ごしてきてしまった。 そんな私でも、今年から一つだけ始めたことがある。 近所の公園整備のボランティアだ。 私の1日は近所の公園への朝の散歩からはじまる。 変化に乏しい何気ない毎日でも、花や香りで季節を感じさせてくれる。 仕事で失敗してしまった時には、カラフルな色合いが「元気を出して!」と励ましてくれる。 恋をした時は、蝶