ねこを迎えるまでのこと
ザリガニやコオロギしか飼ったことのない人間には、猫を飼うという選択は重すぎた。
長年大きな壁だった「自分以外の生き物の面倒を見る余裕があるのか」という問いにYES!!と思えるようになってからも、猫を飼うにはまだハードルがあった。
家を空けざるを得ない時間が長いこと。ペット可のマンションは家賃が高いこと。自分に万が一のことがあったときに任せられる人がいないこと。
ハードルを飛び越えられるかも、と思ったきっかけは転職だった。フルリモートで働ける職場に採用が決まったのだ。
これは、猫を飼うチャンスなのでは…?と逸るような気持ちで、初めての猫の飼い方の本を買った。ねこが家に来る2年前のことである。
家賃はもう「えいや」と思い切るしかなかった。内見の結果、予算よりも広さを取り、自分の給料からは若干背伸びした、でもまあ何とかなるかくらいの家賃の部屋を借りた。ねこが家に来る半年前のことだ。
自分に何かあったときにどうするのか、というのが最大の問題だった。
ペットにお金を残せる信託のような仕組みはあっても、世話を頼める人がいなければ意味がない。そして私には頼れる家族も友人知人もないのだ。
どうにか手はないものかと探していた目に留まったのは、近くの保護猫カフェの制度だった。
飼い主に万が一のことがあったときに引き取って、次のおうちを探してくれる制度。
これだ!!!と思った。
もともと野良猫と縁があって猫が好きになったこともあり、保護猫を飼おうと思っていたし、ここで話を聞いてみようと、すぐに決めた。
そのカフェで、ねこに出会った。
まだ来たばかりだが、他の猫を怖がってケージから出ないのだという。たしかに、おやつを掲げて誘導しても、ケージからは出ないという強い意志を感じる。
人間のことは怖がらないから、という店員さんの言葉で、ケージにそっと手を入れると、ちいさな頭をそっと寄せてきた。
私はずっと黒猫が好きで、飼うなら黒猫だと決めていた。実際カフェにもきれいな黒猫がいて、この子良いなあと眺めていたのに、「あ、私は多分この子を選ぶんだろうな」と降ってくるように思った。
翌週に譲渡会に参加して他の猫にも会ったけど、やっぱり選んだのはキジトラのその子だった。
「この子の譲渡を希望します」と伝え、書類を取りに店員さんが席を離れたときに、ねこに囁く。
ねえ、うちには他の猫はいないよ、うちに来て一緒に暮らさない?
相変わらずねこは怯えた目をしたまま、差し出した手に、こつりとその頭をぶつけてくる。
この子にしあわせな一生を送ってもらうために、最大限の努力をしよう。私は誓った。
そして、脱走防止柵の設置などいろんな手続きを終えて1ヶ月後、ねこは我が家にやってきたのだった。