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わたしらしく存在すること


男らしさや女らしさってなんだろう、とよく考えます。
(細かく話し始めるとあまりに深い話になってしまうので、ここでは軽く話すくらいにしておきますね…気軽に読んでもらえたら嬉しいです)

わたしは子どものとき華奢な見た目というか、女の子みたいとよく言われていました。
子どもながらに「男の子なんだからもっと食べな」とか「男なのに泣くな」とか、そんな言葉たちにずっと違和感を覚えていて。今と変わらず「男ではなくわたしですが?」とか思っていました。

かわいいものも当時から大好きだったので、シルバニアファミリーでよく遊んでいたし、リラックマのぬいぐるみが友だちでした。いつも握りしめて出かけていてボロボロになってしまうくらい…。

あまりに女の子みたいと言われるので、男の子っぽいものばかり身につけていた時期もあったり。今はむしろ、あまり気にしなくなったのでジェンダーレスなものやかわいいものを好んで持つようになっています。時代もありますね。

これは余談ですが、専門学校の頃に実習先で、男の子だからとジャージャー麺を2倍の量にされたことは多分一生忘れません。(それからジャージャー麺が食べられなくなったのは言わずもがな…)

…なんて話はさておき、最近はネイルとか香水とかメイクとか、メンズ向けの商品が出るようになってきていいですよね。どうしても身体的な性質に差があるので、ちょうどよいものが出ていると嬉しくなります。

自分に自信をつけること、美しくなるための素敵なものたち、とても興味があるのでいろんなプロダクトがあって楽しいです。「メンズでも」という言葉はいらない気がしますが…。

芸能人の方も、メイクやネイルをしてテレビに出ていたりすると、少しずつ違和感が薄れていくようでいい流れだなあと思ったりします。これから先、そんなものの見方がどんどん変わっていってほしいですね。

ワンピースやスカートなども、素敵だなと思うものがたくさんあるので、もし新しい人生があるのなら着てみたいです。
もちろん、男性で着ている方もとても素敵だと思うのですが、今は自分で着ることよりも、着ている誰かを見ることでより美しく感じるので、女性の体で着たいという想いが強いのかもしれない。
なので、今の人生は自分の体で美しく見えるものを選ぶ方が楽しいなと思っています。

007のジェームズ・ボンドみたいに、スーツをバシッと決めて女性をエスコートするように、男性的でかっこいい場合もあるし、シンデレラみたいに、煌びやかなドレスを纏って女性的な美しさがあるのもいい。
エスコートする女性がいても、エスコートされる男性がいてもいいし、その人と相手がどんな性別だっていい。それだけに限らず、どんなときも。

つまりは、自分のなかにある概念を誰かに押し付けるのではなくて、その人自身や大切な人が幸せならそれでいい。あなたは“あなた”であって、“性別”ではないのだから。
あなたとして、わたしとして存在する命は、誰になんと言われようと自分のもので。

誰かにとやかく言われている人を見ると、その人を押しのけて「オールオッケー!ラブ!」と叫びたいくらいです。

とまあ、語り尽くされているようなことを書いてしまいましたが、これから先もわたしらしく生きたいなという宣言のような文章でした。読んでくださってありがとうございます。

ずっと考えていることなので、また似たようなことを書く時があるかもしれませんが、よかったら暖かく見てやってください。

また、木曜日に。

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