【第二回 ひなた短編文学賞応募作品】▷さいしょからはじめる
第二回ひなた短編文学賞に応募した作品になります。
残念ながら落選でした。次回またチャレンジしたいと思います。
▷さいしょからはじめる
『さいしょからはじめる』リビングのテレビ画面上にそう表示された時、俺はがっくり項垂れた。ようやくまとまった時間が取れるようになったから、小学生の頃に遊んだ父のお古のテレビゲームをやろうと引っ張り出した矢先だった。今時のスマホゲームでは滅多にお目にかかれないセーブデータの消失に一気にやる気が失せた。
誰か暇していないかと、部活のラインにメッセージを送ると「今日は夏期講習だ」と返ってきた。皆、いつの間にか受験モードに切り替わっていた。
仕方なく家を出て、宛てもなく自転車を走らせると、無意識のうちにいつものバッティングセンターに向かっていた。坊主頭から汗が吹き出す。
いつもの打席。一番奥から二番目のボックスに入ると、小銭を入れてゆっくり構える。飛んできたボール目掛けてバットを振り抜く。わずかに芯を外した打球はふらふらと飛んでいった。
力むとバットが下がる癖が出る。この前の最後の打席と同じだ。不意にそう思った時、記憶が鮮明に蘇る。
――この前の最後の打席。高校時代最後の打席。最後の試合。終わってしまった夏。終わったのに、まだそれを受け入れられない自分。何もない時間を必死に埋めようとする自分。無心で振るバット。
随分と汗をかいたのに、どこかやりきれない気持ちで帰路につく。すれ違う中に同い年くらいの人を見かけると、何故だか後ろめたい気分になった。
家に帰ると、あのテレビゲームを放ったままだったことを思い出した。リビングに行くと、父がまさにゲームをしている最中だった。
「おう、帰ったか。ちょっと懐かしくなってな。これ借りてるぞ」
「いいけど、そのゲームすぐデータ消えちゃうよ?」
そう言うと父は小さく笑った「なんだそんなことか」
そしてこう続ける。
「消えちゃうからまた最初から始められるんだよ」
その言葉に、自分でも驚くほど心が軽くなるのが分かった。蒙を啓かれたような感覚だった。
終わるのだ。例外なく。高校生活も、部活動も何もかも。終わるからこそ始められるのだ。そう言われたような気がした。正しく終わらないと、正しく始められないのだ。
「またデータが消えたら、今度はやらせてよ」
「ああ、いいよ」
会話はそれだけだ。不思議な会話だ。可笑しくなる。でもどこか吹っ切れたような可笑しさだ。
さて、何から始めようか。
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