死花-第6話-⑤
「そうか…4月に結婚したんだ。おめでとう。」
「うん…ありがとう。」
鴨川辺りにある和風の純喫茶。
抹茶の入った器を丁寧に回して口に運ぶ総一郎を懐かしそうに見つめながら、絢音は白玉餡蜜をスプーンで掬う。
「綺麗になった…あの時よりも、ずっと…」
「いやだ…いつからそんなお世辞、言うようになったの?」
「お世辞じゃないさ。本当に、綺麗になった。」
「………」
自分を眩しそうに見つめる総一郎の視線が恥ずかしくて、絢音は俯き、スプーンに乗った色とりどりの寒天を見つめる。
「…こんな夏の日だったかな。君が突然、僕の前から消えたのは…」
「そう…だったけ?」
「うん。携帯も住所も変わってて、正直…君といた時間は夢だったんじゃないかってくらい突然で…でも、また、会えた…嬉しいよ。」
「困るわ…そんな事言われても私…」
「分かってる。君が今、他の男のものだって。分かってるさ。ただ、たまにで良い。あの頃と同じ時間を、僕と過ごして欲しい…」
言って、総一郎は袂から懐紙とペンを出すと、サラサラと何かを書き記し、戸惑う絢音の前に差し出す。
「僕の連絡先。あの教室の代任は1か月だから、その後は…ここに連絡して欲しい…」
「ダメよ…私には藤次さんが…」
「とうじ…それが、旦那の名前?」
「あ…」
しまったと、顔を歪める絢音を見て、総一郎はまた笑う。
「そう言う迂闊な所は、変わらないな。とうじ…しかと心に、刻んでおくよ。」
「意地悪…」
「当たり前さ。君をこんなに美しく輝かせるなんて、余程愛されているんだね…妬けるよ。」
「そう。私、彼に愛されてるし、私も、彼を愛してる。だから…」
「だから?なに?」
「何って…」
チリン…チリン…と、軒に吊るされた風鈴達が風にたなびく音を聞きながら、絢音は黙り込むと、総一郎は徐に、彼女の左手薬指に触れる。
「こんなもので、君を縛れると思っているのかな?とうじは…」
「や、やだ…返して!」
スイッと、指から引き抜かれた結婚指輪。
声を上げるが、総一郎は懐紙にそれを包んで袂に入れる。
「次に会ってくれる為の口実。連絡、待ってるから…」
「総一郎さん…」
ザアッと、河風が髪の毛を浚い、絢音の心を掻き乱し、夏の陽光が、静かに西へと傾いていった…
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