無題
思い付きで書いたもの。
続きはそのうち。
目を開いた時、俺の世界は赤く染まっていた。額から流れる血と燃え盛る炎のせいだと気づいたのは少し前。頭がぼんやりしちまって、嫌というほど叩き込まれた「しつけ」は役に立ちそうになかった。優秀な嗅覚だけが俺の言うことを聞いていて、そいつはご丁寧に生臭いニンゲンの血とガスの匂いを嗅ぎ付けている。一緒に現場へ来た新人・・・何て名前だったっけ。ああ、デイブは爆発に巻き込まれて召されちまったかもしれねえな。ああ、生々しくてたまったもんじゃない。想像して思わず鳥肌が立っちまった。
俺は体をゆっくりと横に倒すと、真っ赤なフロアをぼうっと眺めた。役目を果たさなくなった窓ガラスからはびゅうびゅうと風が吹きつけて、嵐のような熱風が渦巻いている。幸運なことに俺は耐火性能のあるスーツを着ていたので、クリスマスに食卓で出されるチキンのように—そんな食いモノは本の中でしか見たこと無いが—こんがりと焼かれる心配は無かったが、近くに転がっていた誰かさんは指の先まで真っ黒に焦げちまって、大量の煤が熱風に吸い込まれて舞い上がっていた。まるで黒鳥の群れが上空を覆いつくしたような不気味な光景で、こちらへおいでと手招きされている心地だった。
さあて次は俺の番だ。まずは両手を胸の前で組んで、今までのしょうもない人生を神に懺悔するとしよう。生まれた時から警察に育てられ、名実ともに「イヌ」として過酷な任務をこなす日々。それは面白くもなんともない毎日だった。俺の人生は俺自身のモノじゃない。アイツらのご機嫌をうかがって誠心誠意尽くすのがイヌとしての喜び。そう、相場は決まっている。俺は疲れて気が狂っていたから、この任務を終えたらどこか遠くへ逃げちまおうと本気で考えていた。でも、それは過ぎた願いだった。だからバチが当たったんだろう?
懺悔に追加して俺のダメなところ—脱いだ靴下を数日放置するとか—を三十個くらい挙げてみたが、幸か不幸かいくら待ってもお迎えが来なかった。焦らずゆっくり待とうじゃないかと目を細めた時・・・ふと視界の端に違和感を覚えた。何が何だか分からないが、遠くの方にぼんやりと姿が見える。煤が目に入って痛みが走るがぐっと堪えて見つめると、ゆらゆらと揺れる陽炎の中に大きな黒い影がのびていた。それはニンゲンの形をしていて、獲物を狙う狩人のような鋭い眼差しをこちらに向けていた。
そいつは俺の視線に気づいたのか、炎と煙をかき分けながらゆっくりと近づいてきた。熱風を苦しく思っていないようで、その逞しい足は一切よろめかない。途中、行く手を阻む真っ黒こげの死体—もしかすると、あれがデイブかもしれない—を視野に入れたが、気にも留めずに踏み潰していった。
とうとう辿り着くと、そいつは目の前にしゃがみこんで探るように俺の目を見つめてきた。頭ん中を素手でかき混ぜられているようで気持ちが悪かったが、死ぬ気でいたから抵抗せずに暫く好きにさせていた。
数十秒後、そいつは何かを見つけると一瞬で目の色を変えた。冷酷な視線にかすかな喜びが混じったような気がした。
「ブエナス・ノーチェス、兄弟」
そいつは不気味な笑みを浮かべて、そう言った。