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夏の切れはし

「その髪型、評価しよう」
と、謎の、上から目線の褒め言葉。
「なんだそれ」
私は笑う。嬉しくて。浴衣姿で珍しくアップにした髪型の私。
むせかえるような熱気。雑踏。隅田川花火大会。

私の好きなアーティスト・amazarashiの曲に『隅田川』という、隅田川花火大会をテーマにした曲があるんだけど、だからこそamazarashiファンの彼と一緒に行けたのがとても嬉しかった。
偏食の彼は、肉とイカが好き。屋台のイカ焼きや何らかの肉を買ってきてくれて二人で食べた。
人混みではぐれそうになって、彼は私の手をとる。
人混みを抜けても、手はつないだままだった。
思えばその日初めて彼と手をつないだ。
それ以上のことはずっとしてきているのに。
「あはは、なかよしみたい」
って思って、子供みたいにうきうきしながら手を繋いで道を行く。
打ち上がる花火。夜空を彩る極彩色。夏だ。
「外でちゃんと花火見るって、けっこう良いね」
出不精な彼がそんなふうに言うのは嬉しかった。

帰りの電車のなかで、浴衣姿の私を見たおじさんたちが、いやぁ浴衣はいいもんだねぇとかなんとか口々に言っていて、それを聞いていた彼は、
「ああいうのいい加減にしろよな。下品だわ」
とぼやいて不機嫌になっていた。私のことで怒ってくれて、不謹慎にも嬉しかった。とても偽悪的で口が悪いのに、心配性で、いつも優しかった。

ケンカ続きで風前の灯だった二人の関係は、そうやって最後に花火のように、かりそめの花を咲かせ、そして散った。

歪にきらめく夏の切れ端。何年も前の記憶。もうずっと連絡もとれない人。
夏が終わるのが寂しくて、いま私の思う夏という概念にもっとも近いのだろう、数少ない綺麗な記憶を回想する。そして逃げないようにここに書き留める。
トラウマのある彼は、父親と和解したのだろうか。
あのとき二人に共通してあったものは、切実さだった。

#コラム #恋愛 #記憶のかけら

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